10.

検診の結果、綾目はやはり妊娠していた。母親は海外に駐在中の綾目の父親にもすぐに電話で話したが、海外ではよくあることらしくあまり驚かない。そうか、俺もついにお爺さんになるのか、ちょっと早いけどな、などとすぐに日本に帰ってくれることを期待していた母親は失望した。それでも相手の事など根ほり葉ほり話して母親は少し安心した。結局年末まで忙しく日本に帰れないので、正月に森君と会う約束をした。
「母さん、私、2学期から高校へ行くから。この子にためにも高校は卒業しておきたいの」
「高校へ行くことはいいことだけど、それは産むということなの」
「いけない?」
「でも、まだ未成年だし、森君は来年大学へ行くのでしょう」
「そうよ」
妊娠が分った後はいつもより森君との会話の時間が増えていた。綾目の学力は元に戻り、いつ高校へ通っても大丈夫なレベルになっていた。森君は素直に喜んでくれた。綾目みたいな可愛い本物の俺の赤ちゃんが産まれるなんて夢のようだとはしゃいでくれた。そして今後の事も十分に話しあった。
綾目の母親と森君の母親も話しあった。だが、二人が出す結論を待ってからということで心配の種が続いていた。森君の父親は既に他界している。母親はパートをしていてアパート暮らしで森君の家に同居することはできない。どこに住むか、生活費はどうするか、大学へは行けるのか、二人の会話は一つずつ解決してはまた別の事を話しあうということでなかなか結論が出ない。
「森君、私、2学期から高校へ行くね」
「うん、そうだね、それがいい」
「それと赤ちゃんは産んでいいよね」
「もちろんだよ。アルバイトして生活費は稼ぐから。赤ちゃんが2人じゃ大変だけどね」
「だってまだ直らないのよ。大分間隔は長くなってきたけど、催すともうどうしようもなくて出ちゃうの。こんな私でごめんね」
「大丈夫だよ。可愛い赤ちゃん二人だから頑張れるさ。だから綾目さん」
「どうしたの、改まって」
「結婚しよう。来年高校卒業したら結婚しよう。結婚の後は出産で忙しいよ」
「ありがとう。安心したわ。でも住む家はどうしよう。よかったら私の家で一緒に住もうよ」
「でも、それは。。。やっぱり狭くてもいいからアパートでも借りようとは思っているのだけれど。駅の近くの不動産屋のアパートの広告を見ると、毎月の賃料だけでも高いね」
「そうよ。私から母さんと父さんにお願いするから遠慮しないで私の家に住もうよ」
「それは最終的には君のお父さんに挨拶をしてからの話だね」
「でも、赤ちゃんはどんどん大きくなっているのよ」
「それはそうだけど」
「私も大学へ出来れば行きたいよ。アルバイトもするよ。でもその辺が決まらないと私も決められないの」
綾目のお漏らしの間隔は大分長くなってきたが、緊張や心配事があるとそれは突然に襲ってきた。これからの大事な生活方法のことで心配しているとお腹の中の赤ちゃんに悪い影響が出そうと分っていても心配し、悩んでしまう。それは決まってお漏らしという形で綾目を襲ってきた。
「あ、出ちゃう」
「え、綾目さん、そんなに心配したり緊張したりしては駄目だよ。これからの事は安心して君は赤ちゃんの事を考えてくれればいいんだよ」
「それはそうだけど、高校は卒業したいし、大学か、就職かアルバイトか、悩みは尽きないわ。でも私頑張るから」

2学期が始まる直前、綾目と母親は高校の担任の先生と面談していた。
「綾目君、そうかようやく通学できるようになったか。いいことだ」
「よろしくお願いします」
「あの、先生、実は綾目は妊娠してまして」
「え、妊娠ですか」
「相手は同級生です。この話は校長先生にもお話いただいて、許可を得てから通学させようと思います」
「そうですか、それは何とも校長の意向を確認してみないと私では何とも言えません」
「そうですよね。迷惑はかけないようにします。ただ、妊婦ということで気は使っていただきたくて」
「私、大丈夫だから。普通で大丈夫だから」
「でも、何かあったら大変だから」
「高校を卒業したら結婚なのですね。それが終われば出産と忙しいですね。その予定はそれとして今後の進路はどうですか」
担任の先生は今後の予定や住まい、生活費など慎重に話を聞き出していく。安心した予定を話すことが出来なければ校長との話も進まない。
「正式には海外に赴任している父親が正月に帰った時に決めたいと思いますが、電話では概ね了解を得ています」
「それはどういうご予定なのですか」
「ええ、住まいは私の家になると思います。相手の同級生は大学へ進学します。もうオープンキャンパスにも参加して希望大学は決めているようです」
「私もこれから決めます」
「君も大学に進学する予定なのですね」
「そうです」
「大学の学費はそれぞれの家で負担し、生活費はアルバイトで稼いでもらいます。大変と思いますが、二人が出した結論に私たちも相手の母親も同意されています」
「そうでしたか、分りました。校長と相談してきます。ただ、校長とも直に面談してもらう必要があると思います。なるべく早く連絡致します」
「そうよ、先生、早くしないと2学期が始まっちゃうから」
「そうだな、早く連絡するよ」

校長との面談は綾目と母親、森君とその母親を交えて行われた。校長はその方針を受け入れようとしていた。だが、あくまで当人2人に意気込みとそれを支援してくれる御両家の力添えがあればというのが条件だった。綾目の父親のみ不在の形でその面談は終わり、綾目の考えていた予定は受け入れられた。校長も綾目の妊娠を真摯に受け止め、学校全体で応援することを約束してくれた。

 

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