12.

 
「一也、起きなさい。遅刻するわよ。仕方ないわね」
森一也は自分の名前を呼ばれて目を覚ました。さっきまでの事は夢だったのだろうか、いつもの母親の声に一安心する間もなく、下半身が濡れていることに気付いた。
「お、何、これ」
母親の居る前で布団が濡れていることに気付いた一也はすぐにずる休みをすることを思いついた。だが、その前に母親はしびれを切らして一也の布団を捲っていた。
「あ、だめ」
「もう、高校に間に合わないでしょ。早く起きなさい」
一也は捲られた布団の上に起き上がるとパジャマのズボンを押さえたが、母親がその異変に気付かない訳がない。
「一也、なにそれ。どうしたの」
「夢の中でおかしなことになって」
「どんな夢か知らないけど、高校生にもなってオネショなの。情けないわね。あなた来年には綾目さんの子供が生まれてパパになるのよ。それがオネショするなんて本当に情けないわ。早く着替えてらっしゃい。布団干すから」
一也はトイレに駆け込むとおしっこで濡れたパジャマとトランクスを脱ぐと、濡らしたタオルで下半身を必死に拭いた。おしっこは下半身から足元までびっしょり濡れている。風呂に入るかシャワーを浴びたい気分だが、朝にそんな時間はない。きれいに拭き終わると着替えの下着だけ着て自分の部屋に戻る。そこでは一也の母親が布団から敷布をはがして布団に浸みたおしっこをふき取っていた。
「今日、きれいにしてから乾かすからね。早く支度して学校へ行きなさい」
「はいよ。分かってるよ」
「全く、高校生にもなっておねしょなんて反省しなさいよ」
「分かってるよ。もうしないよ」
「当たりまえでしょ」
一也は着替えると朝食を食べにリビングへ向かった。母親が黄色に染まった敷布を持って風呂場近くにある洗濯機に向かう。嫌なことをさせてしまって申し訳ないと思うが、一也にもどうしてこんなことになったのか、分からないのだからと仕方ないと自分を慰めた。
その日、一也は授業の休み時間の度にトイレに駆け込んでおしっこをした。今までにこんなことはなかったのに不思議がっても答えは出ない。ただ、綾目の事でいろいろ悩んでは喉が渇き水を多く飲んでいたこと気にかかる。しかし大学のオープンキャンパスに行ったり大学受験やら綾目の事も心配で忙しい中、相変わらず水分補給のペースも落とさなかった。以前から水を大量に飲む健康法などもテレビで紹介されていたから夏の暑さに負けないためにも水分は多くとるようにしていた。その水は喉の渇きと汗で体から出て行くと信じ切っていた。
いつもと同じように夕食は多くの水分と一緒に取った。別に体に異常はなかったし、忙しい体に水分補給は必要だともう毎日の癖になっていた。今日の朝から始まった恥ずかしいことが再来してしまうことなど思いもつかなかった。
その日の夜、母親は万が一を考えて一也の干した布団の上にオネショシーツを敷き、その上にバスタオルを敷布代わりに敷き、その上に普通の敷布を敷いて一也の布団を敷いていた。一也は母親のそんな気遣いに気づくこともなくいつもと同じように寝床にはいった。
 
そして次の日の朝。一也は昨日と同じ夢、いや夢なのかどうかも分らないが、まるで時計の針が丸一日戻ったように同じ場所に居た。そして昨日と同じように空飛ぶの車の中でおむつの中におしっこを漏らしてしまった。そして母親が朝に起こす声と同時に下半身が冷たいことに気づいて起きた。
 
「一也、起きなさい。遅刻するわよ。今日は大丈夫でしょうね」
母親が布団を捲ると一也は昨日と同じように起き上がると濡れたパジャマを押さえた。昨日と同じだ。また漏らしてしまった。やばい、何でだ。
「一也、もう許さないわよ。ちゃんとお医者さんに行って診てもらってきなさい」
「病気じゃないから。どこも痛くないから」
「そんなこと言っても毎日オネショじゃ、仕方ないでしょ。高校生なのよ」
「だから、大丈夫だよ」
「布団をきれいにする私の立場にもなってみてよ。今日の夜からおむつしなさいよ」
「え、そんなの必要ないよ」
「もう許しませんから。早くきれいにして朝ごはん食べて学校へ行きなさい」
「本当に大丈夫だからそんなのいらないよ」
「一也がオネショしなくなったらすぐにおむつは外しますよ。でもそれまでは毎日おむつですからね。いいわね」
一也は返事をせずにでトイレに駆け込んできれいにすると朝ごはんを食べる。今日も暑いのでコップ2杯の麦茶も一揆に飲み干していく。
その日も一也は授業の休み時間の度にトイレに駆け込んでおしっこをした。やはり何かおかしいと感じつつもそんなばかなと思い返す繰り返しだった。もし、今日の夜、母親がおむつを用意していたらどうしようとも思うが、そんなことは許さない。母親の怒りもかなりやばい状況であることは分っていた。でもおむつは受け入れられないと自分を信じるだけだった。
 
母親は息子が2度も続けてしてしまったおねしょについて悩んだ。まず対策として浮かんだのは医師に見てもらうことだ。でも一也が赤ん坊の頃から見てもらっている近くの個人開業の医師は内科医だ。見てもらうとすればやはり泌尿器科になるだろう。近くに病院は2軒ある。スマホで調べてみると一番近い病院には泌尿器科がないことが分かった。バスで15分ほどの場所にある大きな病院を調べてみると泌尿器科があった。参考までに診察日を調べてみると月、水、金のみで女性の医師が担当していた。泌尿器科にかかる患者はそう多くはないのだろうか。その先生は他の病院の泌尿器科も掛け持ちで担当しているのかもしれない。一也を病院で見てもらうならこの病院しかないと判断した。
次は今日一也に当てるおむつだ。どんなおむつを当ててあげればいいのか分からない。これもスマホでおとなのおむつで調べるといろいろ出てくる。でも小さな画面より、これは実際に物を見たほうがいいのではないかと思うと夕方の買い物ついでに大人用の紙おむつを見て回っていた。介護される人が増えている時代には赤ちゃん用のおむつより種類が多いのかしらと思えるほどだった。介護用もいろいろ売られていたが、チョイ漏れ用の物から、おむつではないが見るからにおむつに見える女性特有の物までいろいろ売られていて見てるだけでも時間がかかってしまっていた。
そこでの選択肢はパンツ式かテープ式かの選択とあとはサイズだ。一也の下着もいつも買っているのでサイズは分かるがパンツ式がいいのかテープ式がいいのか分からない。高校生の息子用として店員に相談するのも恥ずかしいので、書かれている説明書きを読んでみた。こういう場所であまり長い時間居るのは恥ずかしいが仕方ない。おねしょが始まった高校生の息子のためだと言い聞かして読みながら考える。
おむつのパッケージの説明書きには体の状況から判断するなら、パンツ式は自分でトイレに行ける方用のおむつと書いてあった。トイレに行けるのならおむつは要らないのではと突っ込んでも仕方ない。一方テープ式はトイレを利用できない方用と書いてある。一也の場合、トイレには行けるのだが、布団の中で漏らしてしまうおねしょなのだからテープ式のほうが合っていると判断できる。
今度は商品のタイプから選ぶ方法を見てみるとおむつを替える立場から書かれている。パンツ式は下着のように上げ下げしやすく、テープ式はベッドでの介助で取り替えやすいと書いてある。一也の場合、布団の中でのおねしょだからおむつ替えということではテープ式になる。
最初のイメージは当然パンツ式を買っていこうと思っていたが、母親は説明を読んでいる内にテープ式がいいと思えてきた。トイレに行けるし、替えるにも上げ下げできるのだから当然パンツ式と思っていたが、布団の中でのおねしょということを考えるとトイレに行けない、布団の上でのおむつ交換になる。ならばテープ式しかない、と母親は決めてしまった。通常購入する下着のサイズから紙おむつのサイズを決めた。そして万が一のためにと考えて、ついでにお尻拭きとシッカロールも同時に購入して家に帰った。
 
いつものように夕食を食べ、風呂に入り、一也が寝るときにおむつを当てる必要がある。母親は一也が寝そうな時間になったとき、一也の部屋をノックした。
コンコン。
一也の部屋のドアをノックし、一也のめんどくさそうな返事を確認するとドアを開けて入った。一也はもう布団の中に入りコミックを読んでいる最中だった。
「なんか用?」
「そうよ。おむつを当てにきたのよ」
「え、要らないって言ったでしょ」
「今日の朝言ったでしょ。もう許せないからね。おむつを持ってきたわよ」
「本当に要らないよ。そんなの買ってきたの?持ったいないよ」
「そんなこといいのよ。布団を汚すほうがよっほど大変なのよ」
「分かったよ。もうしないから大丈夫だよ」
「だめ、ほら布団を捲ってズボンと下着を脱ぎなさい」
一也はいつもと違って本当に真剣におむつを手に持って一也に迫ってくる母親が怖くなってきた。いつもとは違うように思いつめた表情で顔もきつくこわばっている。こんな母親の顔を見たのは正直初めてのような気がする。それでも一也はそのまま布団の中でコミックを読み続けて抵抗を続ける。
母親が一也の近づくといきなり布団を捲った。一也は普通のパジャマ姿だ。
「何すんだよ」
「だからおむつを当てるのよ。早くズボンと下着を脱ぎなさい」
「だから、大丈夫って言ってるだろ。おむつなんか要らないよ」
「だめよ。高校3年生にもなって2日も連続しておねしょしたんだからもう信じられないし、もう許せない」
いつもと違う母親の顔付きとその言葉に一也はたじろいでしまうが、はい、分かりました、とも言えない。
「でも、おむつは要らないから」
一也の抵抗の言葉も段々力が入らなくなってくる。それでもおむつを拒否しようとしつこく抵抗していると母親が違うことを言ってきた。
「分かった。じゃ、明日お医者さんへ行きましょう。私がネットで調べたのよ。バスで15分の場所にあるあの大きな病院なら泌尿器科があるのよ。それも月、水、金しかやっていないのよ。明日は金曜日だから明日は学校を休んでお母さんと一緒に行きましょう。先生は女の先生よ」
「え、女性なの」
「この近くには泌尿器科はあそこしかないのよ。内科や外科では見てくれないでしょ」
「そりゃそうだろうけど」
一也は病院に行くことを想像してみる。泌尿器科の女性の先生の前で大事な場所を見られて、もしかしたら触られて、しかも病状はおねしょですと言わなくちゃいけない。そう考えると一也はぞっとした。
「年齢は分からないけど女性の先生に診てもらってね。看護士もたぶん若い女性ね。見ず知らずの女性たちに一也の大事な場所を見られてしかもおねしょを直してくださいと診てもらうのよ。いいわね。私も付き添うから」
「そ、それは嫌だよ。俺は医者は嫌いだから」
「じゃ、今夜は素直におむつを当てて寝なさい。いいわね」
「だからおむつなんて要らないよ」
「分った。じゃ、明日お医者さんへ行くわよ。いいわね。女性の先生に診てもらってお薬もらうだろうけど、すぐには薬が効かないから先生はたぶんすぐにおむつを当てなさいと言うわよ。若い女性の看護士さんにその場でおむつを当ててもらって来ましょうね」
一也は血の気が引く気がした。医者とはいえ、見ず知らずの女性に男の大事な場所を見られてさらにその場でおむつを当てられるなど考えられない。一也は言葉が出てこなかった。
「それとも今一也のオネショを知っているのは私だけよ。私が今日おむつを当ててあげればお医者さんには行かなくてもいいわ。どっちにする?」
どちらにしてもおむつを当てるしかないのか、一也の頭は混乱する。見知らぬ女性か、母親か。オネショのことを知られるのは1人だけで限界だ。
「一也、今日は私がおむつを当てる。それでいいわね」
母親もできれば医者に連れて行くのは止めたい。おむつを当てて応急手当てをして少し様子を見て自然に直ることを祈っている。でも何か病気か何かだとするともちろん心配だがネットで調べてみる限り大人のオネショ、正確には夜尿症の原因は大量の飲酒、ストレス、睡眠不足、睡眠薬などがあるそうだ。一也の場合、睡眠不足とストレスだろうと想像したい。今後もオネショが続くようならやはり一度は医者に診てもる必要があると思いながらも今は先送りにしたいだけだ。
母親は、もう一度、威厳をこめて、ゆっくりとはっきりと一也を見つめながら言った。
「一也、今日は私がおむつを当てる。それでいいわね」
一也はゆっくりと頭を下げた。そして母親の顔を見ることなく、首を縦に振るしかなかった。
 
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