13.

 
「空飛ぶ車が上がっている。すごい、こんな普通の車が浮くなんて信じられない。ジェットエンジンがある訳でもないし、ヘリコプターのように羽があるわけでもない。でもこの車は小さなエンジン音でどんどん上がっていく。すごい」
今まで見慣れた普通の家がどんどん小さくなっていく風景を一也は見ていた。不思議だ、素晴らしいという思いが一杯でおしっこを我慢することなどもうどうでもよかった。こんな素晴らし光景をおしっこを我慢しながら見るなんてもったいない。そう思った瞬間に一也はおむつの中におしっこを漏らし始めていた。
一体どのくらいまで垂直に上がっていくのだろう。地上の家々はどんどん小さくなっていくが、まだ水平には移動していないようで垂直方向にだけ移動していく。一也が覚えていることはジェットエンジンの飛行機は約1万メートルの高度を飛んでいることだ。その位の高さまで上がっていくのだろうか。そう思うと空飛ぶ車の上昇速度が落ちてきた。どのくらいの高度なのかは分らない。でも飛行機のような高度ではないことは確かだ。今まで地上ばかり見ていたが空飛ぶ車の窓から少し上をみると何台ものいろいろな空飛ぶ車が水平に飛んでいる。まるで空の上の道があるようだ。
この空の道にこの車も入って同じように飛んでいくのだろう。運転席のママはまるで信号が青に変わるのを待つように落ちついて待っている。運転席の方からは心地よいエアコンの冷気が柔らかく拭いてくる。外に出た時は夏の暑さを感じたが空飛ぶ車のエンジンをかけたときから車の中は夏にしては丁度いい温度だった。だが、その冷気に体が反応した。布おむつに漏らしたおしっこが冷えてききてお腹を冷やしていたのだ。一也は毎朝のおしっこが出た後わりとすぐに大きな方も催す体質だった。普段ならおしっこを出して膀胱が小さくなると今度は大きな方と体が自然に反応してお通じも快調だった。
それが今日の朝はおむつがおしっこで濡れて、さらにエアコンで冷やされて布おむつに浸み渡り強烈にお腹を冷やしてきた。いつもなら快調なお通じが今日は下痢便のようなお腹の痛さを感じる。やばい、ウンチも洩れそうだ。
早く地上に降りて少し寒いこの車から降りないとさらにお腹が痛くなりそうだ。空飛ぶ車はまだ空中に止まっていて空の道に入ろうと待っている。運転席から前の方を見ても信号機のようなものは見当たらない。
「あー、どうしよう、本当にウンチも洩れそうだ。もう限界だ。お腹が痛い」
声にならない小さな声で自分に訴えても何も変わらない。一也は激しい便通に耐えていた。
「今日は少し遅いわね。もうそろそろかな」
一也はそのママの言葉が嬉しかった。もう少しだから我慢だと自分に言い聞かせて耐えている。
「じゃ、行くわよ」
ママがしびれを切らした声を上げた。同時に車はさらに少し上昇したかと思うと物すごいスピードで水平に移動し始めた。ママの体が運転席の背中に押しかかってくるのが見えた。マドカはシートベルトにしっかりと守られて背中がシート押しつけられている。一也はマドカの手に押さえられていたが、あまりの勢いにシートの方に飛ばされそうだ。一也は危ないと思ってお腹に力を入れて踏ん張った。その時だった。大きなおならの音と同時に一也は朝のお通じを下痢便として布おむつの中に漏らしてしまった。
「やばい、やばいよ。出ちゃった」
一也はウンチも漏らしてしまったことに涙が出てきた。その涙をぬぐうとマドカが優しく抱っこしてくれた。
「今のオナラは誰かな?」
ママは呑気にそんなことを言う。マドカは落ち着いて森ちゃんのお尻の匂いを嗅いだ。
「森ちゃんがウンチお漏らししちゃったみたい」
マドカは森ちゃんの顔を前にして自分の顔に向けるとニコッと笑う。
「森ちゃん、ごめんね、もう少ししっかりと押さえてあげればよかったね。このシートベルトじゃ、大きすぎるから。チャイルシートでも大きすぎるから私が抱っこするしかなかったの」
ウンチも漏らしてしまった一也は恥ずかしてくマドカの顔を見ることもできない。一方マドカはお漏らしのことなどまったく気にしないで落ち着いて森ちゃんに接してくる。
「森ちゃん、保育園はもうすぐ着くからね。そしたら保育士さんにおむつを替えてもらってね。車の中じゃ替えられないし、保育園に着いたら今度はマドカを送っていかないと学校に間に合わないから。お願いね」
そんな会話をしていると車はもう速度を落とし始めた。そして脇道にそれるとどんどん高度を落としていく。そして少し大きな建物の駐車場に降りて行く。地上が近づくに従って車は優しく少しずつ速度を落としていく。そして地上の砂やごみなどが舞い上がることもなく車は地上に降り立った。すぐに保育士らしい中年の女性が近づいてくる。ママはスイッチを押すと車の窓が開いた。
「急ですいませんが予約した桜間です。この子は女の子のベビー服を着ていますけど男の子です。それと車の中でおしっこもウンチも漏らしてしまいました。すいませんが、今度はこの子を小学校に送っていかないと間に合わないものでお願いできますか」
「はい、大丈夫です。赤ちゃんはミルクとお漏らしが仕事ですし、そのお世話が私たちの仕事ですから、大丈夫ですよ。では預かりますね」
今度は後部座席に居る一也の目の前の窓が自動で開いた。マドカは一也の両肩を持って窓から看護士に預けた。
「はーい、いらっしゃい」
看護士は一也を大事そうに抱っこすると、車から離れて一也の手を持ってマドカたちに手を振った。
「いってらっしゃい」
「それじゃ、よろしくお願いします」
看護士は保育園の入口の前まで移動すると空飛ぶ車は軽やかなエンジン音と共に空に上がっていった。看護士は手を振るのを止めると保育園の中に入った。そこには幼稚園児がたくさん居た。朝の保育が始まる前の自由時間なのだろう。走ったり、おしゃべりしたりして思い思いにはしゃいでいる。看護士はさらに建物に奥に入っていくとベビーベッドがたくさん並んでいる部屋に入った。
「さ、ここですよ。森 一也君、今日はよろしくお願いしますね。まずはおむつが汚れているのよね。一也君、きれいにしましょうね」
「おむつは要りませんから」
「あら、おしゃべりできるのね。でも、お漏らししちゃうのでしょ。おむつしなきゃだめでしょ」
「そ、それはどうしようもなくて」
「だめですよ。保育園の規則ですからね。おむつ替えたらミルクを飲みましょうね」
一也は朝から何も食べていないことを思い出した。お腹がグーと鳴りそうだ。
「このベッドですよ」
看護士は一也の名前が書いてあるベビーベッドに一也を寝かした。看護士はベビーベッドの柵を上げて固定した。中に入った一也はまるで牢屋に入れられたような感じがする。柵の間からは逃げ出せそうにない。かといって柵を上ることもできないようだ。看護士は柵をロックするとニコッと笑った。
「ちょっと待っててね。替えのおむつとお尻拭きとかシッカロールとか持ってくるからね。大人しくしていてね。ウンチで汚れているから布団を汚しちゃだめですよ」
そんなこと言われなくても分っている。お尻から股の方までウンチで汚れていて、前の方はおしっこでびっしょりだ。このままでは脱走したくても何もできない。一也は気持悪さに耐えながら看護士が戻ってくるのを待った。
柔らかいエアコンの冷気が気持ちいいが、濡れたおむつがより冷えてまたお腹が痛くなってきそうだ。汚れたおむつを外してしまいたいが汚れたままフルチンをさらすこともできない。ただおむつを替えられるの待っているだけだと情けなくて涙が出てくる。
「はーい、お待たせ、いい子にしていたかな。今、替えますよ」
ようやく戻ってきてくれた看護士の姿を見て一也は本当にうれしかった。男の大事な場所を見られることも覚悟の上で早くきれいにしてほしかった。
看護士はベビーベッドの柵を開けると一也をベッドの端に移動させた。短いスカートをあげてロンパースの股にあるホックを外していく。ロンパースも腰の方に押し上げておむつカバーの紐を外し、ホックを外してカバーを開けると汚れた布むつが見えた。
「一杯したね。今きれいにするね」
汚れた布おむつを外すとおしっことウンチで汚れた一也の股が看護士の目の前に曝された。一也は恥ずかしさのあまりに思わず両手で目を隠した。
 
***
 
コンコン。一也の母親が一也の部屋のドアをノックする。毎朝の行事として一也の返事も待たずにドアを開けて窓のカーテンを開ける。一也は眩しさのために思わず片手で布団を頭からかぶる。母親の起きなさいという声が聞こえるのと同時に布団の中の異臭に気づいた。
「一也、今日は大丈夫よね。3度目の正直でもうオネショは直ったわよね」
母親は一也の返事を聞かないで布団を捲くると母親もその異臭に気づいた。
「一也、あなた、まさか」
一也はなんと言っていいか分からない。おしっこだけでなくウンチも漏らしているようだ。お尻に異物があるのが分かる。そしておしっこで濡れているのも分かる。
母親はまさかという思いで一也の背中から少しパジャマのズボンをずらして紙おむつもずらしてみる。そこには臭いの元になるものが存在していた。母親は呆然としながらも大人のオネショに原因について調べたときのことを思い出した。オネショをしたことを見つけても決して怒ってはいけません。やさしく受け入れて対処することが一番大事だということを思い出した。高校3年にもなる自分の息子がオネショにウンチまで漏らしてしまうなんて情けなくて涙が出てきそうだったが、その一番大事な事として怒ってはいけないことを思い出して言葉を慎重に選ぶ。
「一也、ウンチもお漏らしだから今きれいにしてあげるから動いちゃだめよ。もうこれ以上布団を汚さないでね。紙おむつを当てていてよかったでしょ。今準備をしてくるからね」
一也は半べその状態でうな垂れて頭を縦に振った。母親はおとといも昨日も一也をしかりつけたことを後悔していた。私があんな風に怒ったこから余計にひどくなってしまったのかもしれない。優しくしてあげてお漏らしのことは怒ってはいけないのだ。母親はお尻拭きとビニール袋、それにお湯で濡らして絞った手ぬぐいを持ってきた。
「今、替えてあげるね。動かないでね」
「シャワーを浴びてくる」
起き上がろうとしたところを母親は一也の肩を抱いて優しく寝かせる。一也はお尻の異物の扱いに動揺してどうしていいか分らないのでなすがままに布団に寝かされた。
「お風呂場が汚れてしまうでしょ。きれいにしてから浴びてきなさい」
母親は一也のパジャマのズボンを脱がし始めた。汚れたお尻だけでなく男の大事な場所も見られてしまう恥ずかしさに何とかしたいと思うがお尻の異物の扱いをどうしたらいいか分らない。母親は怒らない、怒らない、優しく、優しくするのと自分に言い聞かせながら一也のおむつ替えをしていく。
「一也が赤ちゃんの頃はおむつを何回も替えてあげたのだから恥ずかしくないのよ。オトナシクしていてね」
母親は一也のパジャマのズボンを脱がすと紙おむつに手を付けた。テープを外そうとすると一也はその手を押さえた。
「自分でやるから」
「おしっこだけじゃないのよ。うんちは替えてあげないと汚れちゃうから私に任せなさい。それからあそこは何回も見た事あるから大丈夫よ。私は母親よ。全て任せてね。恥ずかしかったら目を閉じてなさい」
一也はもうお尻の気持ち悪さに限度を感じた。目を閉じると両手で目を押さえた。
「すぐ、済みますからね。それに今日は学校を休みなさい。お医者さんに行こうね」
一也の顔がゆっくりと縦に動いた。それを確認すると母親は紙おむつのテープを外して紙おむつを開いた。途端におしっことうんちの臭いが立ち込めてくる。母親は一也の両足を持ち上げると紙おむつの汚れていないところでウンチを拭きとると紙おむつを丸めてビニール袋の中に入れた。そしてお尻拭きでまだ残っているウンチをきれいに拭いていく。一也の大事な部分はどういう訳か大きくなって母親の顔の前でそそり立っている。母親はその部分には目をくれずに必死に高校3年生の息子のお尻を拭いている。
「さ、きれいにしたから後は風呂場でシャワーを浴びてきなさい」
 
 
一也の家からバスで15分ほどの場所に大きな病院がある。約束通り泌尿器科の受付を済ませて待合室で一也と母親はその順番を待った。
「森 一也さん、1番にお入りください」
「さ、一也行くわよ。見てもらおうね」
待合室の椅子に座ったままの一也の肩を叩いて母親は催促した。一也は女性の医者の前でオネショの事を知られて大事な場所も見られるなんてやっぱり嫌だと思うが、母親はもう許してくれそうにない。しぶしぶ立ちあがると母親が肩を押してくる。
「大丈夫だから。一緒に行こうね」
自分一人かと思ったが母親は診察室まで来るようだ。母親は一也の恥ずかしい事を知ってはいるがまたその事を医者の前で話されるのは嫌だ。
「一人で行ってくるよ」
「だめよ。あなたの状態は心配だから一緒に話を聞きたいの。お願い。一緒に行きましょう」
母親は当然という顔をして一也の肩を押して診察室に入ろうとする。待合室にはまだ数人が待っている。男性もいれば女性もいる。泌尿器科が必要な人も結構いるんだと思うと一也は少し勇気付けらて診察室に入った。
「森 一也さんですね」
「はい、そうです」
「どうしましたか」
事前に母親が書いた問診表を見ながら中年の女性の医師は一也の顔や体付きを観察しているようだ。
「先生、聞いてくださいね」
「母さん」
一也は医師に洗いざらい話されてしまうと思うと止めて欲しい思うが、もう母親の勢いは止まりそうにない。
「先生、この子は高校3年にもなって3日連続でオネショしたんです。それに今日はおしっこに加えて大きな方もですよ。何か悪い病気だったらと思うと心配で心配で」
「お母さん、分かりましたら、落ち着いてくださいね。患者さんとお話しますからね。それで一也さん、それは本当ですか。一様本人に確認させてくださいね」
「は、はい」
一也はしぶしぶ肯定するしかなった。医師も近くに居る女性の看護士も特に驚くような雰囲気はなく、淡々と仕事をこなしている。恥ずかしい事を話しているのにこういうことは病院では珍しくないのかなどと思ってしまう。
「分かりました。高校へは普段通り通学しているのですね」
「通ってます」
「それで高校ではトイレで用足しはできていますね」
「それは大丈夫です」
「どのくらいの頻度でトイレに行きますか」
一也は高校では普段通りだが、休み時間の度に行くことを正直に話した。少し水分の取りすぎだろう位にしか考えていない一也は正直に話した。
「分かりました。少し多いですね。それに今日は大きい方もでしたね。睡眠は取っていますか?」
「ええ、テストが近いと徹夜もよくしますけど、このところはよく寝ています」
「お酒は飲んでいませんね」
「息子は飲んでいません」
母親が横から耐えかねて口を出してきた。医師にもっと診察して欲しい顔つきで話すが医師は患者と向き合っている。一也は自分で答えた。
「飲んでいません」
「それでは何かストレスになるような事、悩み事とか、心配な事とか、不安な事などはありませんでしたか?」
一也は一瞬考えた。それはたくさんあった。綾目と仲良くなったところまでは良かったが綾目と一線と超えてしまって妊娠させてしまって、これからの大学受験に加えて綾目との生活の事などを考えれば忙しくて仕方がなかった。
「それは私が説明します」
とうとう耐えていた母親がすごい勢いで話始めた。一也が補足するほどの余地もなく丁寧に早口で説明すると医師はそれでも落ち着いている。
「一也さん、それは事実ですか」
「ええ、修正や補足する必要もないです」
「分かりました」
医師は診断表に何やらいろいろ書いている。書きながら説明してくる。
「一也さん、超音波をまず取りましょう。写真ができたらもう一度診察します。超音波検査に行く前におむつを当ててくださいね。Lサイズはありますか」
「はい、先生あります」
「じゃ、そこでおむつを当ててから検査室へ行ってください」
「え、何でそんなこと必要あるんですか」
看護士は既に紙おむつを用意して長椅子の上に敷いている。テープ式の紙おむつが広げられていて大きく見える。医師は冷静な表情のままで一也に諭すように話しかけてくる。
「お話を聞いた範囲ではいつお漏らしがあるか分かりませんのでおむつが必要と判断しました。廊下を歩いている最中や超音波を撮っている最中に器材が汚れてしまったら医師の私の責任になり、他の患者さんにも迷惑をかけてしまいますから。お分かりになりますよね」
「そうだね、一也。昨日も当てておいたから良かったのよ。先生当ててあげてください」
若い女性の看護士は早くしてくれると言わんばかりに一也を見て催促の顔をしてくる。
「こちらへ来てズボンを下ろしてくださいね。そして下着も脱いでください」
母親が一也の手を取って長椅子の方へ移動した。一也は3人の女性から見つめられてしぶしぶ動くしかなかった。
「ズボン下ろすわよ」
母親は一也のズボンを降ろすとトランクスも一揆に脱がして足元へ落とした。
「はい、このおむつの上にお尻を落として横になってください」
一也は男の大事な部分を見られている恥ずかしさがあるのに3人の女性は淡々と一也におむつを当てる準備をしている。母親が一也の肩を押して一也を長椅子に横にさせた。一也は両手で大事な部分を隠した。
「その手をどけてください。ここは病院ですよ」
女性にしては力強く一也の手が退けられると一也の股から紙おむつが当てられ、横からも当てられてきた。すばやくテープでおむつが固定されてしまった。
「ズボンをその上から着て下さいね」
一也はおむつを当てているところを見られたくないのでおむつの上から下着も穿いた。
「もう下着は穿かなくても構いませんよ。着替えが終わりましたら超音波撮影と血液検査をして来てください」
一也は看護士の言うことは無視しておむつの上から下着を穿くとズボンも穿いた。高校3年生の男子におむつを当てても平然として次々に指示を出す医師に愕然としながら一也は堂々と下着のトランクスとズボンを穿いた。少しズボンが窮屈だったが、超音波検査室でズボンを脱ぐこともあるかもしれないと思うとそのまま下着も穿きたかったのだ。
「一也、行きましょう。2階でしたっけ」
「そうです。すぐに分りますから。こちらをお持ちになって腹部の超音波検査をしてもらってきてください」
母親は一也の手を引いて移動しようとする。一也はさすがに恥ずかしく母親の手を振り切って歩いた。そんなことよりおむつを当てられてズボンが脹らんでおかしいと思われないか。あの人おむつを当てているわよなどと思われないかなどと心配する。
超音波検査室ではズボンを脱ぐように指示された。下着を穿いていてよかったと思う。それでもベッドに横になると検査担当の女性は一声かけてきた。
「下着を少し下にずらしてください」
男性自身は見えない程度に下着と一緒におむつをずらすと上を見たり横になったりといろいろなポーズをさせられた。撮影が終わると次は血液検査も受ける。病院でのいろいろ緊張もあり、一也はおしっこを催した。
「母さん、トイレに行ってくる」
「大丈夫?」
「何が?ずらして出してくるよ」
トイレで社会の窓を開けて下着とおむつをずらして排泄するのは少し窮屈だったがなんとか用は足せた。いつもの用足しと同じだという顔で平然として戻ってくる。
 
超音波検査と血液検査の結果が出た。それを母親が受け取ってまた、診察室の待合室に行く。また待たされる。
「森 一也さん、1番にお入りください」
一也は今度は仕方ないという感じで母親より先に入った。超音波検査の結果を受け取った医師は血液検査の結果にも目を通している。目の前のパソコンの画面をいろいろ動かしながらじっと見ている。
「内臓には問題ないようです。それでは診察しましょう」
医師はカルテに何かを書いている。医師はドイツ語を使うと聞いた事がある。ちらっと見ても何を書いているのか検討もつかない。
「森さん、ズボンを脱いでおむつも外してください。触診しますので準備してください」
「触診って何ですか」
不安に思った一也は聞いてみるが看護士は大胆な事を平気で言う。
「患者さんの患部を触って診察することですよ。尿道と腹部を見ますので準備してください」
男性の尿道と言えば男性の大事なところだがそれを触ろうというのか、女性医師に男の何が分ると思いたいが、あくまで医師だ。ここは医者を信じるしかない。一也はズボンと下着を脱いだ。すると看護士は紙おむつのテープをさっと剥がしておむつの内側を見て、それを医師にも見せた。
「先生、排泄はないようです」
「分りました。ではそこに横になってください」
長椅子の上にはタオルが敷かれている。一也はそこに横になるとやっぱり大事な場所を手で隠す。医師は白い手袋をした。そして一也の腹部を注意深く見ながら触診していく。
「痛かったら言ってください」
「はい」
お腹の数か所を指で押しながら診察している。お臍の下や脇腹などを押して診察する。一也はこれで終わりかなと思ったとき、恐れていたことを言われた。
「手をどかしてください。触りますよ」
医師は一也の手を退けると大きなっている一也の尿道口から股の方まで触っていく。白いビニールの手袋が少し冷たい。
「問題ないようですね」
医師は手袋を外すとごみ箱に捨てた。ほんの少し局部に触ってすぐに捨てられるのは悲しいが止むをえない。一也はそんなことより早く下着を穿きたい。
「お尻を上げてください」
一也は下着を取って穿こうと思ったが看護士が紙おむつを手に取って待っている。
「早くしてください。お尻を上げください」
「またですか」
「そうですよ。すぐ済みますからね」
一也はしぶしぶ少しお尻を浮かすと看護士は素早く紙おむつを敷き込んでおむつを当てた。
「ズボンを穿いてください」
言われなくても分っているよ、と言いたいのを我慢してまた下着とズボンを穿いて医師の前に座る。医師がカルテを開き終わり一也を見る。
「ストレスが原因でしょう。過活動膀胱と思います。これから生活指導と膀胱訓練のやり方を研修してください。それと安全のために日常でもおむつを当てることと、過活動膀胱を押さえる薬を飲んで少し様子を見ましょう。それでは1週間後にまたいらしてください。もうひとつ申し上げますが、改善されないようであれば精神科の診察も受けてください。それではお大事に」
「おむつしなきゃだめですか」
「人前で粗相をして恥をかくのはあなたですよ。学校でそんなことがあれば学校中の噂になってしまいます。紙おむつは当てていてもズボンを穿いていれば分りませんから。分りますよね」
「生活指導って何ですか」
「規則正しい生活を送れるかのヒアリングをさせてもらいます。また水分の取り過ぎや睡眠時間などもです」
「それと何の訓練ですか」
「膀胱の訓練です。過活動膀胱では少し尿が溜まっただけで排泄したいという神経が過剰に反応している状態です。ですので、催してから少し我慢することを訓練するのです」
これだけ恥ずかしい思いをした結果がおむつを除いては薬を飲むことだけなのに安心した。でもおむつはどうしよう、まだ当てられ続けるかと思うと気が滅入る。
生活指導と膀胱訓練の研修を受けて、処方箋を受け取るのにまた待たされる。病院に行くと半日がつぶれてしまう。そんな会話を母親としながら帰りのバスを待っているとおしっこがしたくなった。バスはもうすぐ来るはずだ。時刻表をもう一度確認するとあと2分位だ。病院の中のトイレに行ってすっきりしたいが、早く家に帰って昼ご飯が食べたい。ようやくバスが見えると信号でなかなか来ない。おしっこを我慢しているのが限界になって来た。さらに我慢しているとようやくバスが来た。ICカードで支払うと一也は席がほとんど空いているにも関わらず一番後ろの席に座った。母親は疲れたとばかりに入口に近い席に座った。
「あ、やばい、もう出そうだ」
足をもじもじしながらさらに我慢しているとなぜか知らない人が後を振り返って一也のことを見た。一也はすぐにもじもじを止めて知らぬ顔をしたが、もう限界だった。そのとき医師からの言葉を思い出した。おむつを当てていなくて人前で粗相をしたら恥ずかしいのはあなたですと。それは逆に言えばおむつをしていれば粗相をしても分らないとうことだった。そう思った瞬間に一也はおしっこを漏らし始めていた。吸収性のいい紙おむつは快適に吸い取っているようだ。だが、おしっこがどうしても直接腹の皮膚にも付いてしまう。それは仕方ないと思い何事もなかったように家に帰ってきた。
「お昼はお蕎麦を食べようね」
ストレスが一也のオネショの原因と判断されて少し安心した母親は日常に戻っていた。母親がキッチンで準備をしていると一也のスマホがバイブった。綾目からだ。LINEのメッセージが画面に表示されている。
 
ー今日はお休み?どうしたの?−
                                                                                  ーちょっと病院へー
ーかぜ引いたー
                                                                                 ーたいした事ないよー
ー赤ちゃん順調だよー
                                                                                  ーそれはよかったー
ー今日会える?ー
                                                                                    ー明日にしようー
ー分ったー
 
この3日間の事はできれば綾目に知られたくない。でも綾目はベビー服におむつを当てて哺乳瓶からミルクも飲んでいる。その事は綾目の母親も友達も、そして俺も知っている。限られた人には素直に知ってもらったほうがいいのだろうか。いや、だめだ、直に直るさ。何もなかったように振る舞えばいい。
「お蕎麦できたわよ」
母親は一也の心配をよそに明るい顔でもう蕎麦を食べ始めている。一也も病院での緊張と心配、恥ずかしさから解放されてお漏らししたおむつを替えることも忘れておいしく蕎麦を食べる。
「一也、母さん、午後のパートに行ってくるね。今日はゆっくりしてなさい」
「そうだね、病院は疲れるね」
「食事後の薬をきちんと飲むのよ。そうすればすぐに良くなるわよ」
「そうだね」
一也はよくならなかったら神経科の診察を受けるように言われたことがショックだった。俺はオカシイのだろうか。神経科ではどんな診察を受けるのだろう。いやいや神経科の診察など要らない。この薬を飲めば少しずつよくなるさ。前向きに考えても答えは出ない。
一也はパートに行く母親の見送ると一也は眠気を催した。自分の部屋のベッドに寝転ぶ。病院で緊張した事と、神経科という心配が頭の中で次々と浮かんでは消える。まだ昼で窓からの明るい光を見つめながらも自然と目が閉じた。
 
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