15.

 
恵子は玄関に行くと、鍵を開けて入ってきた一也の母親の森 光代と会った。知らない人が家にいる不気味さを光代が感じる前に恵子から優しい説明があった。
「初めまして、一也さんの知り合いの桜間 恵子と言います。留守中にお邪魔してすいません。一也さんにお礼の品物を届けに来たもので。一也さんのお母様ですね」
「そうです。森 光代です。一也のお知り合いの方ですか?一也は居る?、一也!」
「一也さんは今リビングで寝ていますので、静かにしましょう。マドカ、こちらに来てご挨拶しなさい。娘のマドカもお邪魔しています」
「桜間 マドカです。小学校5年です。ママ、一也ちゃんがお漏らしだよ。私がおむつ替えてあげていい?」
「え、一也がお漏らし?」
光代は不思議に思ってリビングへ向かう。今日の午前中に病院へ行って見てもらって薬も飲み始めたのに昼間から寝たままお漏らしするはずがない。だが、光代はリビングで見た光景に息を飲んだ。一也は女の子のベビー服に身を包み、お腹にはたっぷりと思われる脹らんだ布おむつを当てられているのがよくわかる。それに大きな涎かけを付けて赤ちゃん帽を被って口にはおしゃぶりを咥えている。首の横には空になった哺乳瓶が置かれている。
「一也、どうしたの。何なのこの恰好は?」
「お母様、怒らないでくださいね。その前にもう一度自己紹介させてください」
「そ、そうでしたね。桜間さんでしたね。一也とはどんな御関係でしょうか。一也へのお礼の品物とか」
光代は赤ちゃんの姿になって寝ている息子に呆然としながら、桜間さんと一也の関係を聞きたかった。一也が一人でいる間にこの人が訪ねてきてこうなってしまったのだから、事情を聞かない分にはいかない。
「私は駅前でベビー専門店を経営しています。桜間恵子と言います。一也さんは店によく来てくれてましていろいろ真剣に商品を見ていました。そんなある日常習犯の万引き犯を捕まえてくれたんです。それまで何カ月も万引きの被害にあってまして本当にうれしかったです。警察からは常習の万引き犯だと連絡が来まして本当に助かりました。そこで、一也さんが興味を持っているベビー用品一式をお礼として今日届けに来ました。万引き犯を捕まえた後もよくお店に来て数少ない布おむつやベビー服に見入っていましたので今日はプレゼントを着せてあげようと思って来ました」
母親は信じられなかった。一也がそういうお店に行って、ベビー用品を見ていたなんて信じられなかった。それに駅前にそんな店があること自体信じられなかった。
とはいえ、目の前にプックリ脹らんだお腹を包む布おむつにロンパース姿でおしゃぶりを咥えて寝ているわが息子が信じられない。一也から説明を聞かないと収拾がつかない。
「一也、起きなさい。どういうことなのか説明してちょうだい」
一也は母親の声にピクリとして起きた。この恰好を見られてしまって動揺を隠せない。
「ママ、一也ちゃんのおむつ替えてあげないとおむつ被れがまたひどくなるよ」
マドカが大人の会話はもううんざりとばかりに一也のおむつ替えをもう一度催促した。
「そうね、マドカがおむつを替えてあげてくれる」
「お母様、私たちがお邪魔した時には一也ちゃんはお漏らしでおむつ被れになっていました。そこで、きれいにしてあげてお薬を塗ってあげました。その後は布おむつを当ててあげてロンパースを着させて上げてミルクを飲ましたら寝てしまったのです。そして今、またお漏らしのようですので」
マドカが一也のロンパースを外し、おむつカバーも外していく。布おむつを外すと一也の赤く腫れた股とお尻が見えた。
「お母様、こんなに赤くなったおむつかぶれで痛痒かったようです」
光代は目の前で一也の赤くなった股を見せられて恥ずかしかった。どうしてもう少し一也の心配をしなかったのだろう。病院に行って診てもらって薬を飲んだから大丈夫というのが間違っていた。それにベビー服に興味があったことも理解していなかった。でもどういうことなのか。明らかに女児用ベビー服を着ている。男なのにミニスカート付きのピンク色のロンパースも着ている。一也にそういう趣味があったのだろうか。
マドカは手なれた手つきで一也の股をきれいにしていく。さっきしたように薬も塗って布おむつを当てていく。小学5年生の女の子が高校3年の男子のおむつを替えているのに、一也はぼんやりしながら天井を見つめているだけだ。抵抗もしないし、恥ずかしいという気持ちも無いようだ。
「一也、あなたそう言う風になりたかったの?」
「うん、こうしていると安心するんだ。でも学校にはちゃんと行くから大丈夫だよ。家に居るときはこうしていなさいって桜間さんから勧められたんだ」
「そうした方がいいですよ。布おむつもカバーもベビー服など一式を替えも含めてあそこにありますので」
光代は部屋の隅にある段ボール箱を覗きに行くとそこには確かにベビー用品がたくさんあった。こんなにいただく訳にはいかないと思う。
「お母様、一也ちゃんに万引きを捕まえてもらったお礼です。今までのたくさんの被害に比べればこれでも少ない位ですので、遠慮なく受け取ってくださいね。足らなければもっとお礼しますので」
「その前に何で紙おむつでおむつかぶれになってしまったのかしら」
光代は午前中に一也が当てた紙おむつのことを思い出した。紙おむつの吸収性が良くなかったのか、確かに紙おむつでもお漏らししたら替えなければおむつかぶれになっても仕方ないのかもしれない。一也はお漏らしをしながら一度も替えなかったということか、もう少し私が注意してあげればよかったと思う。この現実を知ると光代は落ち込んでしまう。
「お母様、紙おむつは吸収性がいいからと油断してしまうことがあります。お漏らしすればやはり肌に付きますし、それが何回も替えずにいればおむつ被れになってしまいます。ですので、布おむつをお勧めします。布おむつもカバーもたっぷりありますから」
「でも、洗濯が大変なのよね」
光代は洗濯も大変だし、干すことも考えると憂鬱になるが、布おむつはお漏らししたらすぐに替えないと気持ち悪いのでおむつ離れが早いということも良く聞く。
「分かりました。布おむつを当ててあげてお漏らししたら替えてあげます」
光代は涙を流しながら桜間恵子に頷いた。でももうひとつ疑問があった。
「あの子は何で女の子のベビー服を着ているのでしょう?」
「一也さんは女の子のベビー服をよく見ていましたよ。特にミニスカート付きのロンパースが好きなようです。スカートを少し捲っていたところを見てしまったこともあります。男性ですから仕方ないですけどロンパースのスカートなら可愛いですよね。ですからロンパースもたくさんご用意しました。女の子用のベビー服のほうが可愛いじゃないですか」
「分かりました。一也がそうしたいのならそうしなさい」
「お母様、投げやりな気持ちではなくて本当の赤ちゃんを世話するようにしてあげてくださいね。それが直る近道と思います」
光代は一也のそういう事情を知ってそういう風に対応さぜるを得ないのかと現実を受け止め、これからは本当の赤ちゃんのように世話することを決めざるを得なかった。
 
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