18.
 
自分の娘が妊娠したことだけでも心配なのに、これから母親になる綾目のおむつがまだ外れない。今だにお漏らしも続いている。そんな娘を嫁がせることに罪悪感を覚えた綾目の母親のすみれは、正直に知らせる事を綾目と相談した。
綾目は悩んだ。もしこのことで森君の母親が結婚を許さないのなら森君とは分れて1人で赤ちゃんを育てようか。それとも駆け落ちするか。
すみれは父親が正月休みで日本に帰ってくる前にはっきりさせたかった。森君の家に相談があると言って訪問をしたのは9月の末だった。
「こんにちわ、樹賀です」
「いらっしゃい、さ、どうぞ」
「これショートケーキです」
「あら、うれしい、じゃ、早速皆でいただきましょう。上がってください」
綾目とすみれは森君の家のリビングに通された。まもなく一也も奥の部屋から出てきた。
「いらっしゃい」
「お邪魔してます」
「さ、コーヒーが入ったのでケーキをいただきましょう」
森君の母親の光代がコーヒーを持ってリビングに来た。ソファに座りながらコーヒーを飲んでケーキを食べ始めた。
「おいしい」
「うん、おいしい」
小さなショートケーキはすぐに無くなってしまう。フォークで小さくカットしたケーキを惜しむ様にして十分に眺めながら口に運んでいく。すみれは最後のコーヒーを飲みこむと小さく深呼吸をした。
「あの、今日は忙しい中すいません。海外赴任中の父親が来年の正月には帰ってきますので、それまでにきっちりとしたかったので、今日お時間をいただき相談にあがりました」
「分りました。どんなことでしょう」
すみれは綾目を見つめて顔を縦に振るとまた深呼吸をしてから話し始めた。
「綾目は1学期の中間試験が終わってから倒れてしまいまして病院へ救急車で運びました。過労とストレスということでした。無事退院はしたのですが、綾目は粗相をするようになってしまいました。粗相というのはその下の方がゆるくなってしまったということです。それは過活動膀胱という症状だそうです。お薬も飲んでいますけど夜にはベビー服に着替えて哺乳瓶からミルクを飲んではお漏らししてしまう赤ちゃん同然の生活なんです。そんな状況の娘を嫁がせることを避けるために薬を飲んで治療しています。ですので、それが直るまでは結婚は許したくないのが本音です」
「でも、母さん、お腹の赤ちゃんはどんどん大きくなっているよ」
「そ、そうよね、だからどうしていいか、森さんには本当のことを知っていただかないと申し訳なくて」
「大丈夫です。僕はそんな綾目さんを好きになったのだから」
一也はすみれをかばう発言をする。光代はあまり驚かないで一言呟いた。
「そうですか、綾目さんもですか」
「え、それはどういう意味ですか」
光代は一也を見つめると他人には言えない一也の秘密を話し始めた。
「実は一也もそうなんです」
「え、それは本当ですか、何時頃からですか」
「綾目さんとの結婚の話を海外に居らっしゃるお父様と電話で話した後から様子が少しおかしかったのですが、その後、突然に起きたのです。大学進学の話に綾目さんとの結婚生活におけるお金の話とかいろいろ心配があったのでしょうね。一也も病院に行って過活動膀胱と診断されました。それに咥えて桜間さんという方から布おむつにベビー服に哺乳瓶などをいただき一也も夜はベビー服を着てミルクを飲んではお漏らししています。薬も飲んでいますし生活指導とか、膀胱の訓練などを実施していますけど、一向によくなりません。こんな状態で娘さんをお嫁さんに迎えるなど本当は私の方こそ相談に上がるべきでした」
光代はすみれに頭を下げて涙を流しながら説明した。
「私たちもそうです。桜間さんは今どちらにいらっしゃるのですか。桜間さんは私たちの家の隣に引越してきたと思ったらいつのまにか、居ないようなのです」
「駅前のベビー専門店を経営していると仰るのですが、そういうお店は見当たらないので困っています」
「駅前にはそういうお店はないですよね」
すみれと光代は同じ悩みを持った仲間になった。一也と綾目は本当のことを母親に説明する時期だと思った。多分信じてもらえないだろうけど、話しておくべきと思った。一也が綾目を見つめて頷くと綾目も頷いた。
「桜間さんは未来の人なんだ」
「未来の人」
一也の急な発言の内容にすみれも光代も信じない。綾目も話すことにした。
「私が家で倒れた後は未来に行ったようなの。でも体は生まれたばかりの赤ちゃんより小さくて赤ちゃんのよう扱われたの。それがそのまま現実にも起きてしまって。その後桜間さんが隣に引っ越して来て挨拶に行ったときに、未来で着せてもらったベビー服などをもらったのよ。その後、桜間さんは未来に帰ったと思うの」
「実は俺もそうなんだ。少し疲れたのかなと思っていたら未来に行って綾目と同じ感じだよ。その後俺が一人の時に桜間さんが訪ねてきてベビー用品一式をプレゼントしてくれた。その後は何回は未来に行っているよ。空飛ぶ車がすごいんだ」
「綾目も一也さんもこの現実にちゃんと居たんでしょ」
「そう、夢なのかもしれないけど夢じゃないんです。本当に未来を感じたんです」
「本当に未来で空飛ぶ車に乗ったんだ」
 
一也のその言葉は信じられない、という沈黙が流れた。そのとき玄関のチャイムが鳴った。
 

 

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