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「樹賀、元気か」
綾目の高校の担任である林 幸一が病室で目を閉じている綾目に声をかけた。
「綾目、大丈夫?心配したよ」
同級生の沙希とほのかも声をかけた。綾目は聞き覚えのある声に反応するとベッドを覗きこむようにしている3人に微笑みかけた。
「うん、大丈夫、少し疲れたみたい」
「そうか、よかった。急に倒れて意識不明で病院に運ばれたと聞いたからびっくりしたけど、元気そうでよかった。クラスの皆も心配していたぞ。少しがんばり過ぎたのかな」
「そうかも」
「そうよ、綾目は寝る時間もぎりぎりまで削って勉強して、駅で私が話しかけてもボーとしていることもあったのよ」
「そうだっけ」
綾目は思い出してみるが、そういうことは思いだせない。大分疲れが溜まったかなという感じはあったが、大丈夫と言い聞かせていたのだ。その疲れとストレスが原因なのかなと綾目自身も感じている。
「お母さん、勉強するのはいいことですけど、体を壊してはいけません。今日はこのフルーツをお見舞いに持って来ました。もっと元気の出るケーキとも思いましたが、ここは病院ですからね」
「ありがとうございます」
母親は丁寧にお礼を言うと、お茶を入れようとする。すかさず林先生が遠慮する。
「お母さん、おかまいなく。今日は樹賀のお見舞いですし、元気な顔を見れて安心しましたので、すぐに帰りますので」
「そう、私たちも安心しましたので長居はしません」
沙希が先生に歩調を合わせた途端にほのかが綾目を問いただし始めた。
「ねえ、綾目、授業中もボケーとしていたよね」
「そう?そりゃ退屈な授業もあるし」
「そうだよね。林先生の授業はときどきお経のように聞こえるし。国語の授業だから日本語でしょうけど」
「ほのか、本当か?」
「すいません。冗談です。でも綾香はときどき授業中にある方向ばかり見つめていることがあるよね」
「何、それ」
綾目は言われたくことを言われそうで心配になる。この事は誰にも言ったことがないのでほのかが知っているとは思えない。それでも心配してるとそれが的中してしまう。
「綾目、授業中にいつも左斜め前の席の人を見つめているよね」
「そんなことないし」
綾目は急に緊張して反論するが、ほのかはその人の名前をずばり言ってしまう。
「森君でしょう。彼は成績もいいし、あまりしゃべらないタイプだけどしゃべると優しい感じよね。彼のことが気になるんでしょう」
「そんなことない」
綾目は図星を言われて頬が赤くなっていた。母親と先生は女生徒の楽しい会話として聞いている。
「授業中、綾目のことをときどき見るけど、綾目はほとんど森君を見ているよね」
「そんなことないからね。変なこと言わないでよ」
綾目は真っ赤な顔になって反論すると先生に助け舟を求める顔をした。
「ほのか、ここは病院だぞ。そういう楽しい話は退院してからだ。いいな」
「はーい、先生」
ほのかはしてやったりとばかりに綾目の顔を見ると綾目は普通の顔つきになっていた。
「ごめんね、綾目」
「うん、大丈夫」
「森君もお見舞いに連れてくればよかったかな」
ほのかは最後に一言のつもりで言ってしまうと先生のキツイお叱りが出た。
「ほのか、もう止めなさい。これでその話はお終いだ。ほのか、分ったか。沙希もだぞ」
沙希とほのかは声を合わせて、はい、と言うと神妙に顔で下を向いてしまった。
「綾目は何が食べたい?」
「先生が話題を切り替えて綾目に問うと、綾目は笑顔になって答えた。
「私、ショートケーキが食べたい」
「こら、綾目、退院したら買ってあげますから」
「そうだ、その元気だぞ、樹賀」
「そうよ、綾目、早く退院してね」
林先生はそう励まし、2人の友達は綾目の手を握った。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
「今日はお見舞いありがとうございます」
綾目の母親は丁寧に3人のお見舞いに挨拶すると、3人は綾目に手を振りながら帰って行った。

***

「綾目ちゃん、朝ですよ、起きてください」
マドカが鳥籠の中にベッドで寝ている綾目に声をかけた。綾目が目を開けると金属の細い棒でできている鳥籠の向こう側にマドカがいる。綾目はまた大きな世界に戻ってしまったことを自覚した。
「朝ごはんを食べたら学校へ行ってきます。大人しく良い子でお家で待っていてね」
綾目は夜も昼も鳥籠の中で過ごすのかと思うと憂鬱になってしまうが、元の世界へ戻れない方がもっと心配だ。
マドカは鳥籠の鍵を開けると手を伸ばして綾目を優しく掴むと鳥籠から出した。
「一緒にご飯を食べようね、あ、そうだ、おむつは汚れていない」
おむつをしていることが当たり前のように聞いてくるマドカの声に腹を立てながらも綾目は大丈夫よ、と反射的に答えてしまう。
綾目はキッチンにあるテーブルの上にリカチャン人形用の小さな椅子に座らされて朝食を食べた。食べると言ってもマドカやマドカのママの食べる量に比べたら微々たるものだ。それでも若い綾目は体力を付けておけなければといつもより多く食べ、水分も多く取った。
「御馳走様、マドカちゃん、綾目チャンを着替えさせて早く学校へ行かないと遅刻しちゃうわよ」
マドカのママもパートへ行くための準備を始めていた。マドカは綾目を糸も簡単に自分の手に乗せると鳥籠の方へ移動していく。
「綾目ちゃん、私は学校へ行ってくるから大人しく待っていてね」
「ええ」
綾目は朝の尿意と朝食によって刺激を受けたお腹からの便意を感じていたがそれを言い出せずに鳥籠へ入れられてしまう。
「あの、マドカちゃん」
綾目は遠慮しながらトイレに行きたいことを言おうと思ったが、マドカはランドセルの中身を確認して学校へ行こうとしていた。
「どうしたの、綾目ちゃん、私行かなきゃ。ママはまだ居ると思うよ。用があるならママに頼んでね。ごめんね。ママに言っておくから」
そう言うとマドカは慌ただしく玄関に移動すると、行ってきます、と言いながら出て言った。マドカのママは玄関の鍵を閉め終わると綾目の所に来てくれた。
「綾目ちゃん、どうしたの、私もこれからパートに行かなければいけないの。急ぎの用かしら」
忙しそうにしているマドカのママを見ている内に綾目はトイレに行きたい気持ちも薄らいでいてついにトイレに行きたいことを言えなかった。
「大丈夫です。朝の忙しい時間にすいません。行ってらっしゃい」
綾目のその言葉を聞くとママはにっこりと笑って玄関へ移動していく。
「じゃ、綾目ちゃん、いい子にしていてね。遅くならないで帰ってきますからね。寂しくないのよ。リカチャン人形とお話していてね」
玄関のドアが閉まり、鍵がかかるカチッという音が聞こえると後は静かだった。その時急にお腹がギューとなった。お腹が空いている音とは違う。便意を催している音だ。朝のおしっこもしていないので、急にもじもじし始めた。
綾目は焦った。鳥籠の鉄格子から手を伸ばしても鍵には届かない。
「どうしよう」
鳥籠の中にはトイレはない。その代わりにマドカが綾目に当ててくれた紙おむつが綾目の下半身を包んでいる。
「どうしよう、もう両方とも出ちゃう」
綾目は鳥籠の入口をガチャガチャといじくっても入口が開く気配はない。さりとて入口以外も鉄の格子でビクともしない。
「あー、もう嫌、出ちゃう」
綾目はその場で膝を屈んで思わずウンチングスタイルになった。おむつのことなど思いたくもない綾目だが、おむつをしてるから鳥籠の中の部屋を汚すことはないと自分を正当化してしまった。それはお漏らししてもいいよと自分に言うことと同じだった。
「あー」
最初は少しずつだったおしっこが勢いよくおむつの中に出され始めた。暖かい液体が綾目の股を汚していく。紙おむつが吸収はしてくれているようだが、一瞬紙おむつの中は洪水状態になった。そのおしっこが急に引いたと思ったら今度は便意が綾目を襲った。ウンチも綾目の意識でおしっこが終わったと思った途端に出始めていた。お尻に暖かい半固体状の物が居座ってくる。
「で、出ちゃった」
綾目はおしっこもウンチもおむつの中にお漏らししてしまった。ウンチングスタイルのままで綾目の目から涙が出た。
「どうしよう、本当にどうしよう」
綾目の目から出た涙は頬を伝って落ちていく。高校生にもなっておむつされて。その上、おしっこもウンチも漏らしてしまった綾目はどうしていいか分らない。
「いやー」
と叫びながら綾目はその場にうつ伏せになると気を失った。

***

朝の病室。綾目の叫び声に驚いた隣のベッドに寝ていた中年女性が尋常ではないと判断してナースコールを反射的に押していた。まもなく看護師が駆け込んできた。
「どうしました」
冷静に問いかけする看護師に中年女性は落ち着いて返事をする。
「すいません、私じゃなくて隣の樹賀さん。急に大きな声を出しましたよ。びっくりして直に呼んだんです」
「分りました」
看護師を体を反対に向けると綾目に声をかけた。
「樹賀さん、樹賀 綾目さん、大丈夫ですか」
看護師は綾目の肩を叩いて綾目を起こした。2、3度声をだして肩を叩かれた綾目はようやく目を開けた。綾目は看護師の存在に気が付くと元の世界に戻ったことに安心した。でも安心するも束の間で下半身のおむつがおしっことウンチで汚れていることに気付いた。
「あの、あの」
看護師は必死に答えようとする綾目の声を聞こうとするが、綾目の言うことは要領を得ないままだ。
「意識はありますね」
「はい」
綾目はそう答えるのが精いっぱいで次の言葉が出てこない。ようやく会話が出来たと看護師が感じたとき、看護師は微かな異臭を覚えた。看護師は綾目の布団を取り上げた。
「ちょっと失礼しますね」
看護師が綾目の布団を持ち上げると綾目の体からの異臭に間違いないと看護師は判断した。慌てた綾目は布団をもぎ取ると自分の体にかけ直した。
「あの、あのー」
「綾目さん、分りましたから安心してください。今きれいにしてからおむつ替えますからね」
「イヤ」
綾目は自分の大小便を見られてきれいにされておむつを替えてもらうなんて信じられなかった。
「駄目、イヤ」
「綾目さん、安心してくださいね。ここは病院ですから。こういうお漏らしは毎日の光景ですから。動けない患者さんは毎日ですよ。だから恥ずかしくないですから」
「私は動けるののに、なぜ、なぜこうなってしまうの。もう嫌」
綾目は看護師の言葉に励まされながらもなぜこうなってしまうのかが理解できない。
「自分できれいにしてきます。トイレはどこですか」
「綾目さん、おむつを当てている患者さんはトイレにはいけません。ましてやお漏らしした状態ではここで替えるしかありません」
「嫌なんです」
綾目はまだ病室のベッドの上で汚れたおむつをきれいに替えてもらうことに決心がつかない。
「綾目さん、皆さんに聞こえてしまいますよ。それにそのままじゃ衛生的によくありませんから。私にお任せください。そして静かにしましょうね」
綾目はようやく看護師の顔を見て顔に縦に振った。看護師はやれやれという顔をしておむつ替えの準備を始めた。
看護師は綾目の布団を捲り、パジャマを脱がそうとする。少し脱がしては綾目の体を横に起き上がらせて反対側のパジャマを脱がしていく。パジャマが太股まで来ると綾目の下半身を包んでいるピンクの紙おむつが現れた。お尻の部分はウンチのために茶色に染まっている。
看護師はこの患者には病衣として前開きのものにしてもらわないとだめだと思った。まさか、2回もお漏らしをしておむつを替えることになるなんて思ってもいなかった。医師に連絡して至急パジャマタイプから前開きの病衣に替えてもらう必要があった。
看護師は紙おむつ1枚になった綾目の両足を持って簡単に上にあげた。これではまるで赤ちゃんのおむつ替えのようだ。
「イヤ、恥ずかしい」
綾目は思わず両目を自分の目でふさいでイヤイヤとした。
「すぐに済みますから我慢してください。体に怪我がない場合はこのやり方の方が早いですからね」
看護師は替えの紙おむつ広げて綾目の汚れた紙おむつの下に押し込んだ。
「今、きれいにしますからね。動かないでくださいね。布団が汚れてしまいますよ。わかりますね。大人しくしていてくださいね」
看護師はそう言うと汚れた紙おむつのテープを外した。お漏らしで汚れていない紙おむつの部分で綾目の股をきれいに拭きながら紙おむつを外していく。綾目の漏らしたウンチを包みこむようにして閉じ込めながら股とお尻に付いたウンチをきれいにふき取っていく。看護師は拭きとった汚れた紙おむつをビニール袋に入れるとお尻拭きで綾目の股とお尻をきれいに拭いていく。
「さ、きれいになったわよ。おむつ被れ防止にシッカロールを付けますね」
看護師は綾目の股とお尻に大量のシッカロールを付けていく。綾目は異臭からシッカロールの匂いに変っていくと少し安心した。
「新しいおむつをしますね」
看護師は替えの紙おむつを綾目にしっかりと当てるとテープで固定していく。
「パジャマのズボンは自分で穿いてもらえるかしら」
「はい、分りました」
恥ずかしい時間がようやく終わって綾目は落ち着いてパジャマのズボンを自分で穿いた。
「また、何かあったら呼んでください」
看護師は何事もなかったように落ち着いて綾目のベッドから離れて行った。綾目は羞恥の時間がようやく終わり一安心したが、下半身にはまた紙おむつを感じると気が滅入った。

病院の朝食も終わり、朝の検診が終わるころに、綾目の母が病院の看護センターに来た。
「おはようございます、樹賀です。樹賀 綾目の母親です」
「おはようございます」
看護センタから中年女性の看護師長が出てきて挨拶をしてくれた。綾目の母親は綾目が昨日意識を覚ましたことから退院は早ければ今日だろうとうきうきしてやって来たのだ。
「綾目はどうでしょうか。昨日、意識も戻りましたしもう退院かなと思いまして挨拶にきました」
「ちょっといいですか」
看護師長は険しい顔になって母親を部屋の隅に連れて行く。
「樹賀さん、樹賀 綾目さんは今日の朝お漏らしをしてしまいまして」
「え、お漏らしですか」
「言いにくいですけど、綾目さん、おしっことウンチの両方のお漏らしです」
母親は嘘でしょうという顔をして看護師長の顔を伺うが、看護師長は真面目な顔をして続けた。
「朝、大きな声を上げて隣の患者さんが看護コールを押してくれたそうです」
「本当ですか、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。じゃ、お隣の肩にお礼の挨拶をしておきます」
母親は恐縮した神妙な顔つきになった。それに追い打ちをかけるように看護師長が続けた。
「医師と相談の上、まだしばらくお漏らしは続く可能性があるので、病衣は前開きに変更させてください。レンタルで同じ価格ですので、変更の手続きは簡単です。それと意識は戻りましたがこういう状態ですので、このまま入院は続けてもらってしばらく様子を見るとのことです。お大事に」
「はい、分りましたけど、なぜそんなことに」
母親は焦りながらも看護師長に詰め寄るが、看護師長は医師からの伝言を伝えるだけだった。
「今は原因究明のため、安静にしていただいてしばらく様子を見るとのことです」
「もう、退院かと思ったのに。いえ、分りました。よろしくお願いします」
母親は丁寧に看護師長に挨拶すると綾目の病室へと向かった。

おとなの赤ちゃん返り
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