3.

「ただいま」
マドカのママが帰ってきた。玄関ドアが開くと綾目の鳥籠の方にすぐ来てくれた。
「綾目ちゃん、ただいま」
「お帰りなさい」
綾目は涙目になってマドカのママを迎えた。これでようやく汚れたおむつから解放されると思った綾目は遠慮しながらママに訴える。
「あの、お漏らしが」
「あら、マドカは綾目ちゃんのおむつ替えて行かなかったの」
「いえ、マドカちゃんが学校に行った後で」
綾目は恥ずかしそうに言う。もう汚れたおむつがかなり気持ち悪い。
「そう、じゃ、おむつを替えてあげましょうね」
ママは優しく綾目を鳥籠の中から出してくれると優しくきれいに替えてくれた。
「おむつ替えはマドカの時以来ね。懐かしいわ。きれいに替えてあげたからまたお家の中に居てね」
ママは鳥籠の事をお家と言う。ママは何事もなかったようにお昼ご飯の支度をすると綾目と一緒に食べた。昼食時のテレビは綾目の元居た世界と似たような感じだった。しばらくテレビを見ているとママはまた出かける準備を始めた。
「綾目ちゃん、午後のパートに行ってくるわね。それまではお家に居てね。その内マドカも帰ってくると思うから」
綾目はまた一人ぽっちになってしまった。一人ぽっちで汚れたおむつをあてていたせいか、綾目は恥ずかしさも無く素直にマドカのママにおむつを替えてもらっていた。また一人ぽっちにされてしまうと、またお漏らしをして今度は早くマドカちゃんに帰ってきてもらっておむつを替えてもらいたい、などど変なことを考えてしまう。
「これではいけない」
そう思いながらもマドカの帰りを待っていると尿意が強くなってきた。おむつを汚している私がいればマドカちゃんも早く帰ってきてくれる、そう信じると綾目はもうおしっこを漏らし始めていた。さっき朝に漏らしたおむつを替えてもらったばかりなのにもうきれいな紙おむつを汚している自分がおかしいと思う。でもそうすればマドカちゃんが早く帰ってきてきれいにして替えてくれる、そのはずだ、そうでなければいけないの、勝手な思いこみで尿意を催してはチョビチョビと漏らしてことの繰り返しだった。

その日、マドカは学校の帰り道、友達と遊んでいる間に塾があることを思い出してそのまま家には帰らずに塾に行っていた。友達に綾目のことを話そうと思いながらも綾目を取られてしまいそうになり、ついつい綾目のことは話せずに時間だけが立っていた。綾目のことも心配だったが、塾の時間が来たので友達と分れて家には帰らずに塾に行っていたのだ。
「ただいま」
玄関ドアが開きママが家に入ってきた。マドカはまだ帰っていない。
「綾目ちゃん、ただいま、マドカはまだ帰ってないの?」
ママはよくあることという感じであまり心配もせずに壁に張ってあるカレンダーを見つめた。
「あ、そうか、マドカは塾かな。綾目ちゃん、今日はパートの帰りに夕飯のお買いものをしてきたから遅くなってしまったの。ごめんなさいね」
「ママ」
綾目は不安そうな顔でママと呼んでみた。綾目はお尻に痛みを覚えていた。ママにお昼におむつ替えてもらってからまた少しずつおしっこを漏らしていた。そのことが原因なのか綾目は不安で不安で仕方なく痛みと痒も感じるお尻が心配で仕方なかった。何か病気になってしまったのか、この訳が分らない大きな世界で病気になったらどうしようと不安で仕方ない。
「どうしたの、綾目ちゃん」
「おしっこ出ているんだけどね、そのね、おかしいの」
「何がおかしいの」
ママは何がおかしいのか分らないまま綾目に聞くが、綾目は不安から恐怖を感じてさらに要領が得なくなる。
「綾目ちゃん、おしっこ出たのね。じゃ、まずはおむつを替えましょうね」
「イヤ、だって、お尻がおかしいの」
「だから、見てあげるから替えましょうね」
ママは嫌がる綾目を押さえつけておむつを替えようとする。最初はかさかさの紙おむつがずっしりと重いような半固体状態のようになっている。ママは大分お漏らしが溜まっているのねと予感しながらおむつを外すとそこには赤く腫れている綾目のお尻があった。
「マドカちゃん、これはね、仕方ないわね、もっと早く言わなきゃだめよ。お漏らししたらすぐに言うのよ。分った」
「分った、でも痛いの、お尻が痛かったり痒かったするの。もうだめ」
「だめじゃないわよ。これはね」
その答えを聞く前に綾目は気を失った。何か怖いことを聞かされそうで綾目は気を失ったのだ。

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綾目は夕刻の病院のベッドだった。また元の世界に戻ったと喜ぶのも束の間で大きな世界で感じていたお尻の痛みと痒みを感じた。
「あ、怖い、私変な病気なのかな」
綾目は直に看護コールを押していた。お尻の痛みと痒みを不安に思いながら看護師の到着を待った。
「樹賀さん、どうしました。起きましたか、樹賀 綾目さん」
看護師の声を確認した綾目の目から涙がこぼれた。看護師は冷静に綾目の状況を確認するとノートに何かを記入している。
「樹賀さんは、朝、おむつを替えてあげてからずっと寝ていたんですよ。もう起きましたか」
「ええ、起きました」
「朝、お母様が来たことは覚えていますか?」
「母が来たのですか」
「そう、ずっと寝ていたのですね。それでどうしましたか」
「あ、あの、お尻が痛っかたり、痒かったりなんです」
綾目は不安そうに看護師に答える。看護師は朝綾目のおむつを替えてあげてからどの看護師もおむつを替えていないことを確認した。
「お漏らしはしていますか」
「それは知りません」
綾目はずっと大きな世界でお漏らしをして心配で不安な時間を過ごしたことは覚えているが、現実の病院の世界では寝ていただけだ。
「知りませんですか?じゃ、ちょっと確認しますね。意識のある患者さんは、本人からの依頼がなければおむつは替えないルールになっていますけど、失礼しますね」
看護師は綾目の紙おむつの中を覗き見するとまるで汚い物に触った後のように直に手をだして消毒紙で拭いていた。
「おむつを替えましょう」
「その前にお尻に痛みと痒みを感じるんです」
「綾目さん、記録によると朝、おむつを替えてから意識のある患者さんから依頼がないのでおむつは替えていませんが、今、確認したところ大分漏れているようです。まずはきれいにしておむつを替えましょう」
「このお尻の痛みと痒みが不安なんです」
綾目は哀願するように看護師に訴えるが、看護師はたぶんあれねという顔をして淡々とおむつ替えの準備を始める。同時に皮膚科の医師への緊急コールも忘れていなかった。
おしっこを吸収しきれなくなった重くなった紙おむつを外していき、綾目の両足を持ち上げると綾目のお尻は赤いプチプチがたくさんできていた。看護師はそれを確認するとシッカロールは当てずに新しい紙おむつを綾目にあてた。
「看護師さん、どうなっているんですか」
「今、緊急で医師が着ますので、医師の治療方針に従いますので、ちょっと待ってくださいね」
「ですからお尻の痛みと痒みがだんだん強くなってくるんです」
「大丈夫と思いますよ。今すぐに医師が来ますので」
そこへ皮膚科の医師が現れた。まだ若い女性医師だ。
「どうなされました。昼間の皮膚科の急患は珍しいわね」
「忙しいところすいません、この患者は朝、おむつ替えをしたのですけど、その後眠ってしまい、今お尻の痛みと痒みを感じているとのことです」
女性医師は落ち着いて何かを記入すると質問してきた。
「患者には意識はあるのですね。それで朝から夕方までおむつをしていて寝てしまって今起きたということですね。分りました。患部を見ましょう」
看護師が綾目の紙おむつを再び外し、両足を上げて綾目の股とお尻を医師に見せた。綾目のお尻の赤いプチプチが再び現れた。
「先生、患者はいまちょっと前に起きましておむつが汚れていましたので、処置しました」
「それは尿ですか」
「そうです。尿だけです。朝はどうでしたか」
「先生、朝は両方です」
「患者には意識はあって、朝おむつ替えをしてから夕刻の今までしていなかった。そして今起きたら汚れていたので替えたということですか」
「そのようです」
「その汚れは何時くらいでしょうか」
「よくわかりませんが、大分尿を吸収していたようです」
「分りました」
医師は何やら記入をすると綾目を落ち着いた眼差しで見るとこう言った。
「樹賀 綾目さん、これはおむつ被れですね、軟膏を出しておきます」
「先生、お尻に痛みと痒みを感じるんです」
綾目は赤ちゃんがかかるようなおむつ被れになるとは夢にも思っていない。
「分りました。痛みと痒みが酷ければ錠剤も出しておきます。それと担当の医師には私から連絡しておきます。すぐによくなりますよ」
「被れってと言っても私赤ちゃんじゃないし、何の病気ですか」
綾目は必死に医師に問いただすと医師は落ち着いて説明し始めた。
「樹賀さん、尿にはアンモニアという成分がありまして、それはそのまま放置すると悪影響を及ぼします。樹賀さんの場合、お昼位から尿がおむつに溜まって紙おむつに吸収されているとはいっても8時間以上もそのままでは皮膚が被れてしまいます。この症状は赤ちゃんと同じおむつ被れです。軟膏を処方すれば直りますから、安心してください」
綾目は私がおむつ被れになったことを受け止められずにいた。医師は納得したもらったかのように処方箋を看護師に渡すと行ってしまった。
「今、処方箋がでましたので、すぐに処置しますからね。おむつ被れのお薬ね」
看護師はその言葉を強調して繰り返すと、クスッと笑って病室を離れて行った。
綾目は看護師からも再びおむつ被れという言葉を聞いて唖然とした表情のまま去っていく看護師を見つめていた。それはまるで放心状態そのものだった。自分が赤ちゃんしか発病しないおむつ被れになってしまったという残念さだった。なぜこんなことになってしまうのだろう。綾目は目を閉じた。

おとなの赤ちゃん返り
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