303エイト

6.

「病院の先生も言っていたでしょ、外の空気を吸って太陽の光を浴びて、散歩でいいから体を動かしなさいって。家にばかり居てうとうとばかりしていたら直らないわよ」
綾目は退院の条件を数日間かけてしぶしぶ受け入れて退院してきた。お漏らしは相変わらずのため、家でも1日中紙おむつをしたままだ。退院の条件は生活指導を受けて規則正しい生活を送り水分を調整すること、膀胱訓練としておしっこを催してから5分は我慢すること、そして万が一のために常におむつを当てること、精神科の治療を定期的に受けること、外に出て人と会話することなどだった。そして診断の結果としては過活動膀胱とされ症状を押さえるための薬を処方されていた。
綾目の母親はおむつ替えを進んでするようにして、さらに娘を外に連れ出そうとしたり人と会話する機会を与えようとして娘の回復を祈る毎日だった。
「お友達を家に呼んでもいいのよ。学校のことを聞いて早く高校に行けるようにならなきゃだめよね、ね、綾目」
綾目は何を言われても積極的になれなかった。もしおむつをしているところを知られたらとか、友達と一緒に居る時にお漏らしをしてしまったらどうしようとか考えていると友達と会うのも億劫になっていた。
「そうそう、綾目、お隣に新しい家族が越してきたわよ。桜間さんっていうの。家に挨拶に来た時は綾目が入院していたから、お隣にご挨拶に行きましょう。挨拶するだけでいいの。短い時間だからいいでしょ。それに小学校5年の娘さんのマドカさんは可愛いわよ。もう学校から帰っている時間だもの。ね、行きましょ」
「マドカさん?」
綾目は急に不安になった。あの未来の世界で出会ったマドカさんと同じ名前だからだ。まさかそのマドカちゃんがあの未来のマドカちゃんと同じなんてことはあり得ないけど不安を解決するなら会ってみるのもいいかと思う。
「そうね、じゃ、挨拶だけだからね」
綾目は退院してから初めての外出をようやくする気になった。洗面所で顔と髪の毛を整い、スカートに手を当てておむつが分らないことを確認するとようやく玄関に来た。
「ちょっとお隣さんなのに随分と慎重ね」
「別に、行きましょうか」

「ピピピーーン」
お隣の玄関ドアのボタンを押し、モニタで会話すると玄関が開けられた。
「樹賀です、こちらは娘の綾目です。ようやく退院したので、挨拶に来ました」
「桜間です。よろしくお願いします。あら、綾目ちゃんね。久しぶりね」
綾目は未来で会ったマドカのママにびっくりした。動揺を隠しながら自分の母親に気付かれないようにするしかなかった。あの事は母親にも医者にも話してないし、信じてもらえないそうなので話す気にもならなかった。でもまさかこんなことがあるなんて信じられない。
マドカのママは丁寧に挨拶をすると家の奥に向かってマドカを呼んだ。マドカはすぐに玄関に来ると綾目を見つめて懐かしそうに笑顔で挨拶してくる。
「綾目ちゃんだ、元気?心配していたよ」
綾目の母親はどういう関係なのか心配になった。ついこの前引っ越してきたばかりの桜間さんと知り合いなのか、ママもマドカも綾目を知っているということは綾目とはどんな関係なのだろうか。
「ええ、元気です」
「綾目、どういう関係の人なの、お知り合いなの?」
母親は綾目に聞くが綾目は頷くだけで要領を得ない。そこへマドカのママが助け船を出した。
「ええ、こちらに引越す前ですけど、マドカが公園で怪我したときに綾目さんが看病してくれて家まで送ってくれまして。あの時は本当にありがとう」
「いえ、どう致しまして」
綾目は小さな声で返事をしながらママに調子を合わせて、母親の疑問が解かれることを祈る。綾目の母親はどこの公園なのか、いつのことなのかなど聞いてみたかったが、マドカのママは綾目の母親を制するにようにさらに続けた。
「綾目さん、ちょっと上がってお茶しませんか。よろしかったらお母様もご一緒にどうぞ」
「いえ、私は用事がありますので。そうね、綾目はたまにはお話していきなさい」
家の外へ出て人と会話することが医師からの治療のひとつとして言われていることもあり、母親は綾目を置いて家に帰ることにした。

綾目は家に帰る母親を見送ると、一人で桜間家のリビングに上がった。どこかで見たことのある家だ。
「綾目ちゃん、心配していたのよ。久しぶり」
「あの未来のマドカちゃんとママさんですか」
「そうよ、心配になってタイム・トラベルしてきたのよ。ちゃんとお土産も持ってきたわよ」
「タイム・トラベルって何ですか」
綾目はなぜあのマドカ親子がここに居るのか不思議でならない。あれは夢で見た未来の出来事だと不思議に思っていると、ママは事情を説明し始めた。
「タイムマシンって聞いたことあるかしら」
「ええ、あのテレポみたいなものですか」
「いえ、テレポは同じ時間帯に物質を移動する技術です。タイム・トラベルは過去や未来の時間へ旅行することよ。赤ちゃんになってしまった綾目ちゃんが心配で様子を見に来たのよ。でもどうして綾目ちゃんが未来を行ったり来たりしているのかは今だに分らないけど、ヒントを持って来たのよ」
「直るんですか」
「それは心霊的なのでまだ解明されていないけど、未来の世界と同じようにすることが特効薬であることは間違いないわよ。ここのところ未来に来る回数が減ったのは綾目ちゃんがおむつを受け入れたからよ。もうひと踏ん張りだから応援しにきたの」
綾目はよく分らないまでも少なくとも今おむつを当てていることを知られていると思うと、急に素直になってきた。
「ママ、綾目ちゃんへのお土産だよ」
「そうね、覚えているでしょ。布おむつにおむつカバー、ロンパース、涎かけにスモックもあるわよ。哺乳瓶におしゃぶりもほらね」
綾目は可愛いベビー服に布おむつを見ていると思いだした。あの時は私が縮んでしまって赤ちゃん扱いされて身に付けたベビー服だ。だが、今は身長もマドカよりすこし大きい位であんな小さなベビー服が着れる訳がないと思うが、今ここにあるベビー服はどう見ても大人用のサイズだ。
「今は私は縮んでいないようだけど」
「そうね、それも心霊的な現象ね。それは解明されていないから触れないことにしてこの服を着てね。今の綾目さんにぴったり合うサイズのベビー服にしてありますからね」
「でも、恥ずかしいから」
「大丈夫、未来ではちゃんと着ていたし、保育園まで通ったでしょ」
ママはもう既に綾目の洋服を脱がし始めていた。スカートを脱がしTシャツを脱がしてブラジャも外されると綾目は紙おむつだけになった。
「これが使い捨ての紙おむつね、ごわごわガサガサしているわね。布おむつに替えましょうね。マドカ、紙おむつを外してあげて」
「はーい」
高校生の綾目の紙おむつを小学校5年生のマドカが外していく。両面テープを外すと紙おむつはすっと床に落ちた。綾目は下半身が裸になると思わず股間を手で隠した。黒い陰毛が手で隠れて白い透き通る餅肌があった。
「綾目さん、リビングに横になりましょう。優しい布おむつを当てますからね」
マドカのママは床にピンクの水玉模様のおむつカバーを敷いた。その上に白字に同じピンクの水玉の布おむつを数枚敷く、横方向にも布おむつを敷くと綾目の手を優しく引く。
「さ、布おむつを当てて赤ちゃんになりましょうね」
綾目は手を引かれながら内心の恥ずかしさに耐えておずおずとおむつに近づいていく。綾目がおむつの前までくるとママは優しく綾目の肩を押しておむつの上の綾目を座らせる。綾目は自分の足元にある布おむつを見ると懐かしくなって思わず腰を落としていく。優しい感じが綾目のお尻を包んでいく。
「少し足を開いてね」
ママは綾目の足を広げると布おむつを綾目の股からお臍の方へ回してあてて、横当てもお腹の上できれいに当てていく。その上をおむつカバーが包み、おむつカバーのホックをひとつづつはめていく。
パチ、パチと当てる音が綾目には懐かしく聞こえる。そしてお腹の上と太股の所の紐で縛るキュ、キュという音が聞こえる。綾目はもう未来で経験したベビー服を着させられる場面の中にいた。おむつカバーからはみ出ている布おむつをカバーの中に押し込むとママは綾目を起こした。
「はい、おむつ完成よ。オッキしてね」
ママは綾目にベビー服の下着を着させてからロンパースを着せていく。頭からロンパースをかぶせてずらしていき、お尻を少し浮かせて通すと股のホックをはめていく。
「ハイソックスも穿きましょうね」
「じゃ、私は涎かけを付けてあげるね」
ママとマドカの共同作業で綾目はベビー服に身を包んだ。最後にママが赤ちゃん帽を綾目に被せると可愛い大きな赤ちゃんがそこにいた。
「さ、ミルクを飲みましょうね。マドカ、今作って来るから、綾目チャンをイイコイイコしていてね」
「はーい」
マドカは綾目に近づくと綾目の頭を優しく撫でた。高校生の綾目がベビーを着て、小学校5年生のマドカに頭を撫でられている。だが、綾目はそんなことはどうでもよかった。あの未来で経験した赤ちゃんの経験が今、ここで現実になっている。綾目は落ち着いた雰囲気に安心していた。
「さ、ミルクが出来たわよ。抱っこしてあげるから腕の中で哺乳瓶から飲んでね」
ママは綾目を抱きかかえるようにして頭を右手で支えて、左手で哺乳瓶を持って授乳し始めた。綾目は口の中に入ってきたゴムの乳首を少し吸うとミルクの香りが広がった。うれしかった、おいしかった。安堵感に包まれて暖かいほんのり甘いミルクが少し口から垂れてしまった。
「マドカ、拭いてあげてね」
「はーい」
マドカは綾目が口から漏らしたミルクを優しくタオルで拭いてあげた。綾目はもう溢すまいとして哺乳瓶の乳首をしっかりと吸った。ママもマドカもそんな綾目の姿をじっと見つめると、綾目は照れくさくなって思わずミルクが口から漏れてしまう。
「ゆっくり飲んでいいんだよ。焦って飲むからこぼしちゃうのかな」
「そうね、綾目チャンはおっぱいが恋しいんだよ」
綾目はゆっくりとミルクを最後前まで哺乳瓶からチュウチュウと吸った。少しずつしか出てこないミルクにもどかしさを感じながら、思わず口から漏らしてしまうような吸い方で哺乳瓶は空になってきた。
「もっとあげた方がいいかな」
「哺乳瓶1本でいいのよ。そのかわり時間が少し経ったらまたあげた方がいいの。一度にたくさんより、時間を置いてあげた方がいいのよ。でも綾目チャンは口をまだ動かしているから、マドカ、おしゃぶりを上げてくれる」
「はーい」
マドカは綾目の口から哺乳瓶を外すと、綾目は思わず泣きたくなった。居心地がいいママの腕の中で、暖かい液体を吸える天国にいるような場面が急に終わりそうで悲しかった。
それでもマドカが綾目の口におしゃぶりを入れると綾目のご機嫌も良くなってくる。
「はーい、おしゃぶりですよ、アーンしてね、綾目ちゃん」
綾目はおしゃぶりを口にして吸い始めると急に睡魔に取りつかれた。ママの腕の中でおしゃぶりを咥えながら綾目は目を閉じてママの腕に寄りかかり、寝てしまった。

お昼ご飯の頃、マドカの家の呼び鈴を綾目の母親が押した。お昼ご飯のために綾目を迎えに来たのだ。母親は綾目のために今日の午後に友達の沙希とほのかを自宅に呼んでいた。病院にもお見舞いに来てくれた二人ならいいだろうといつまでたっても友達を呼ばない綾目の代わりに連絡していた。
「あら、お母様、綾目さんは今、少し寝ているようです」
「え、お隣の家で寝てしまったのですか。そろそろお昼ご飯なので心配になって迎えに来ました」
「そうですか、どうぞ、もうそろそろ起きると思います。綾目さんはとても気持よさそうに寝てしまって。上がってください。リビングのソファで寝ています」
「すいません、失礼します」
綾目の母親がリビングに通されるとそこにはベビー服をまとっておしゃぶりを咥えて寝ている綾目が居た。母親は目を疑ったが、ベビーを着ているのは綾目に間違いなかった。
「あの、これは一体どういうことでしょうか」
「綾目さんの希望でベビー服に着替えまして。この服は私からのマドカの怪我の手当てへのお礼です。布おむつを当てて哺乳瓶からミルクを飲んだら急に寝てしまったようで」
「ほ、本当ですか。綾目、起きて、家に帰りましょう」
綾目はうっすらと目を開けた。綾目は何が起きたのか分らない母親に説明する気持はなかったが、その赤ちゃんの姿を受け取って欲しかった。
「母さん」
綾目は母親にほほ笑みかけた。母親はどうしていいか分らないままとりあえず、側に畳んであった綾目の服を手に取って綾目に見せた。
「早く着替えて帰りましょう」
「いや、このままでいいの」
言うことを聞かない娘の綾目に手を焼きながらやきもきしているとママが説得し始めた。
「お母様、綾目さんはこの服が気にいっているようです。おむつも布おむつに替えてあります。さっきは哺乳瓶からミルクをおいしそうに飲んでいましたよ」
「本当ですか」
赤ちゃんのようになってしまった綾目をかわいそうに思いながら母親は病院での出来事を思い出した。それはまるで哺乳瓶からミルクを飲んでいるように自分の手を吸っていた綾目の姿だった。そういうことなのか、赤ちゃんになってしまった綾目を早く元に戻そうとしていた自分が悪かったように思えてきた。
「お母様、今の綾目さんの姿を受け入れてください。それが元に戻る一番早い道ですよ」
じっと考えていた母親は意を決したように綾目にほほ笑みかけた。優しい笑顔になった母親の姿に綾目も笑顔を返す。
「母さん、綾目はこのままでいいよね」
「ええ、いいわよ、そのままでいいから家に帰りましょう。今度は私がミルクを飲ましてあげるから」
「うん」
綾目は小さな声で返事をしながら深く頷いた。マドカもママも母親が赤ちゃんの綾目を受け入れたことにほっとしたようだ。
「ベビー服は今、着ている以外にも数着と、なんといっても布おむつもたくさん必要でしょうから準備してあります。これもお礼ですから受け取ってください」
ママは布おむつとカバーが入っている段ボール箱1つとベビー服や涎かけや哺乳瓶におしゃぶりも入った別の段ボール箱も用意してきた。
「こんなにたくさん、申し訳ありません」
「いえ、本当に大丈夫ですので受け取ってください。元気な赤ちゃんほどたくさん衣類が必要ですので」
「では、また改めてお礼をさせていただきます。今日は遠慮なくいただいていきます」
母親と綾目は段ボール箱を一つづつ持つと、丁寧に挨拶をして桜間家を後にした。

すぐ隣の自分の家に帰ると綾目はリビングのテーブルの椅子に座った。母親はやれやれという表情はなるべく隠して赤ちゃんに成りきっているわが子とお昼ご飯を食べた。どうしてこういうことになったのか、問い詰めても素直には答えてくれない娘には赤ちゃんとして接してあげて信頼を得るしかないと思い、深い理由は問わなかった。
当たり障りのない会話をしながら午後の団欒をすごしていると、綾目がもじもじし始めた。綾目は母親を目の前にして堂々とおむつの中にお漏らしをしていた。奇妙な綾目の態度に母親は心配して声をかける。
「どうしたの、大丈夫」
「うん、大丈夫」
その声に嘘を感じた母親は腰を上げた。綾目に近づきもう一度聞く。
「おしっこかな」
「違う」
病院での綾目は意識は回復したが、お漏らしをしてしまうことから前開きの寝具に替えられたこと、定期的に看護師にお漏らしをチェックされていたことを思い出すと母親は綾目のロンパースから手を入れた。
「ちょっと確認するね」
「大丈夫よ」
綾目の言葉の抵抗とは反対に母親の手はおむつカバーの中に手を伸ばし、ぐっしょり濡れていることを確認した。
「お漏らしね、おむつ替えてあげるね」
母親は怒らずに優しく優しく声をかけた。ここで怒ってしまったらもう綾目は素直になってくれないと思った。すると綾目も素直になって、答えてくる。
「チッチ、出ちゃった」
「じゃ、床に横になってね」
綾目をリビングの床に寝かせて、ロンパースの股のホックを外していくとプックリ脹らんだ可愛い布おむつカバーが現れた。母親はママから教えてもらった布おむつの替え方を思いだす。カバーの紐を外し、両股からのホックを一つずつ丁寧に外していく。カバーを開けると白地の布おむつが黄色くなっている。布オムツを外し、綾目の股とお尻をきれいに拭いてあげる。綾目は虚ろな目をして天井を見上げている。手は両手ともに頭の後に置いている。
「シッカロールを付けるね」
母親は大きくなった娘のおむつ替えをするとは思わなかったがもう、この現実を受け入れるしかないと丁寧に優しく、綾目にシッカロールを付けていく。
「替えのおむつを当てるね」
「うん」
綾目は素直に頷いた。綾目のお尻に替えのおむつを当て、カバーを閉じてロンパースを着させると綾目はいつからか、右手の指を口に入れて吸っている。病院で同じ姿の綾目のビデオを見せてもらったことがある。母親はキッチンにいくと哺乳瓶にミルクを作って持ってきた。
「はい、ミルクよ。飲ましてあげる」
母親は綾目を右手で抱いて左手で哺乳瓶を支えて授乳する。そこへ、玄関のよ瓶が鳴った。
ピンポーン、ピンポーンと2度響いた。玄関モニターを見ると沙希とほのかが写っていた。母親は慌てた。娘が赤ちゃんのようになっているところを見せるのは止めたかった。
「綾目ちゃん、沙希ちゃんとほのかちゃんが来ちゃった。御免、綾目が友達と会わないから私が呼んでしまったの。今日は帰ってもらおうね」
「いいの」
綾目は以外な返事をした。友達とも会おうとしない綾目がこんな赤ちゃんの姿のままで友達と会う訳がないと信じている母親はもう一度繰り返す。
「帰ってもらおうね」
「いいの、上がってもらって。本当の私の姿を見て欲しいの。理解して欲しいの」
「そうなの、でもその格好じゃ、恥ずかしいでしょ」
「いいのよ。今まではおむつをしていることもスカートで隠せたけど会いたくなかった。でもこうしてベビー服を着ているともうおむつも隠す必要ないし、会って見て欲しいの。本当の私を」
「そう、わかった。じゃ、呼んでくるね」

母親は沙希とほのかを玄関に迎えに行った。ようやく友達に会う気持ちになって本当に良かったという会話はリビングで綾目の姿を見て急に止まった。
「綾目、どうしたの、その格好」
「これが今の本当の私なの。夢の中の世界が現実になってしまって」
綾目は飲みかけのミルクを哺乳瓶から自分から飲み始めた。そんな姿を沙希とほのかは少し涙ぎみの目で見つめていた。
「でも、本当の綾目の姿を見せてくれてうれしいよ。友達だもんね」
「ありがとう」
「でも、赤ちゃんの格好ということはもしかしておむつもしてるの」
「うん」
綾目は恥ずかしそうに頷いた。沙希とほのかは綾目のロンパースを触って下腹部が異様に脹らんでいることを確認した。
「そうか、本当の赤ちゃんなんだね」
「うん」
「そうだ、この前病院にお見舞いに行った後、綾目が好きな森君に話したらすこく心配してたよ。今日お見舞いに自宅に行くことになったと言ったら彼も来てくれるって。でもさっき携帯に電話があって少し遅れるって連絡があったの。でももうそろそろ来るんじゃない」
「え、森君が、それは駄目」
「駄目って、綾目は森君のこと好きなんでしょ」
「違うから。そんなことないから」
綾目は哺乳瓶を口から話して必死に弁明するが、顔が赤くなっていた。その姿を沙希とほのかが見逃すわけがない。
「ほーら、綾目ったら赤くなったわよ」
「違うったら」
「森君に抱っこされて哺乳瓶のミルクを飲ませてもらったら。ついでにおむつも交換してもらったら」
「ヤダッテバ。そんな事したら綾目は恥ずかしくて死んじゃう。」

ピンポーン

綾目の玄関ドアの呼び鈴がなった。沙希とほのかは森君が来たことを確信していた。綾目の母親が対応に出ると、3人に確認してきた。
「森君という男性の同級生がお見舞いにみえたけど」
「ええ、そうなんです。私たちが誘ったんです。森君は綾目のことをすごく心配していたから一緒に行こうって誘いました」
「そう、沙希さんとほのかさんが一緒なら別に構わないけど、綾目はどうなの」
「帰ってもらって」
綾目は母親に小さな声で言ったがそれは聞こえず、2度めの呼び鈴に反応して母親は森君を家に呼び入れていた。沙希とほのかは起き上がろうとする綾目を必死に押さえつけて森君と対面するようにしていた。
「こんちわ、お、樹賀か、赤ちゃんのようで可愛いよ」
綾目は沙希とほのかに押さえつけられながら森君にベビー服姿を見られてしまった。綾目は顔を赤らめながら下を向いている。
「熱でも出して寝ているのかと思って心配していたけど、元気なんだな。そのベビー服もよく似合っているよ」
「ほら、綾目、もう見られてしまったんだから諦めなさいよ」
「見ないで、こんな姿は見ないで」
「大丈夫だよ。本当に。びっくりはしたけどこんな可愛い大きな赤ちゃんは初めてだからすごく新鮮で可愛いよ」
「ほらね、綾目、安心しなさいよ」
「樹賀君が早く学校に登校できるように勉強を教えに来たんだよ」
森君の優しい言葉に綾目はようやく安心して体の力を抜いた。その手ごたえに綾目を押さえていた沙希とほのかも手から力を抜いた。
「綾目、皆で勉強を始める前にミルクを飲ませてもらったら。哺乳瓶から」
沙希が綾目をからかうと綾目は立ちあがって逃げようとするが、沙希とほのかはまた綾目の体を押さえつけてしまう。
「哺乳瓶から飲むのか、綾目さん」
森は少しびっくりして綾目を見ると綾目はまた顔を赤らめて下を向いてしまう。
「そうよね、綾目は赤ちゃんだものね」
「哺乳瓶だけじゃなくてお漏らしするからおむつもしているのよね」
「もういや、止めて」
「そう、おむつも当てているの。本当の赤ちゃんなんだ。だからお腹が少し脹らんでいるんだね」
「本当にほっといてください」
「哺乳瓶もおむつも大丈夫。それは置いておいて早く勉強しよう」
森君は綾目が恥ずかしいだろうと思って、哺乳瓶とおむつの事は置いておいて勉強することに話を切りかえる。
「森君、優しいくていいな。私たちも一緒に勉強していい?」
「もちろんだよ」
「じゃ、早く綾目の部屋に行こう」
「すいません、森さん、娘は恥ずかしい姿ですけど、早く学校に通えるようになればいいのですけど」
心配していた母親が思わぬ救世主のように思えた森君に良い好感を持って近づいてきた。
「飲み物と何かお菓子を部屋に持って行きますので、よろしくお願いします」
4人は綾目の部屋へ向かい、森君が先生になって一緒に勉強を始めた。

 

おとなの赤ちゃん返り
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