3.過去のしがらみ
 
和也はまだ、悩んでいた。今度の土曜日に恵子の家へ訪問するかどうかだ。最後まで和也のことをお漏らしさんと読んで挑発しようとしたり、それは言えばすぐに止めてくれるのだが、まだ、完全には止めてくれない。それは良しとしても今度はお漏らしさんにふさわしいこと言ってきた。いったい何がいいことなのか、気になって考えてみても答えは出ずに、もうあの人とは会うのは止めたほうがよいという考えも浮かんでは沈むことの連続だった。そしてその答えは出ないままで、次の土曜日がやってきた。今日もいい天気だ。和也は予定がないのを口実に恵子の家を訪ねることにした。前回の夕飯に今回の昼食もご馳走になるので、駅の近くのケーキ屋さんでショートケーキを2つ購入すると、足早に恵子のコンビニへと向かう。
「ピンポーン」
恵子のコンビニのビルの2階への階段を上ると和也は玄関のボタンを押す。するとすぐに恵子が近寄ってくるような気配がすると玄関の鍵が、ガチャ、と開く。ドアが開かれると、恵子が立っている。
「いらっしゃい、やっぱりきてくれた。ありがとう、お漏らしさん」
「もう止めてって言っているでしょ」
「そうね、ごめんなさない、でも第一印象が強いから」
和也は恵子にそう言われるのはやはりつらいが、恵子が言うとつい許してしまえるレベルだった。あっけらかんとお漏らしさんと言う恵子を嫌うことはなかったが、やはり控えてほしいとその都度言う。
「さ、入って、お昼の支度はもうほぼできているの。今、仕上げるから」
「あの、これショートケーキ、3時のおやつにどうぞ」
「あら、ありがとう、あの駅前のケーキ屋さんのショートね。これおいしいんだ」
子供のようにうれしがる恵子をみていると、お土産を買ってきてよかったと思う。これからどんな話があるのかの不安もあるが、恵子の作ったお昼ご飯と3時のケーキとお茶を飲んだら帰ろうと早くも次のことを考えている和也だった。
「今日は、みそラーメンです」
恵子は湯気のたっているどんぶり2つをお盆にもってテーブルへとやってくる。ラーメンの上にはチャーシュウ、ねぎ、トウモロコシなど一通りの具がにぎやかに麺を飾っている。
「これ、生ラーメンなんだけど美味しいのよ、福島の喜多方ラーメンよ」
「へえ、おいしそう、俺ラーメンは好きだよ、じゃ、早速いただきます」
「あら、よかった。白いご飯も少しありますから、よかったら言ってください」
「あ、最初から言っておこうかな、ラーメンだけだと少し物足らないので」
「はい、大丈夫よ、今、持っていきますね」
和也は久しぶりの美味しいラーメンに満足していた。お店で食べるのとなんら遜色がなかった。汗をかきながら一揆にラーメンを駆け込むと、ご飯にスープをかけて駆け込む。これも美味しい。
「よく食べてくれる人がいると作りがいがあるわ、見ていてよく食べる人は気持ちがいいわ」
恵子もそういいながら、ようやくラーメンを食べ終えた。お冷の水を飲むと少し汗が引くようにおもえるが、噴出してくる汗をハンカチでふきながら和也は満足していた。
「おいしかったです。久しぶりです。こんなに美味しいラーメンは」
「そう、よかったわ」
「私の田舎は福島県なの。だから喜多方ラーメンは懐かしい味でもあるし、食べないとすごく恋しくなったりするの」
「へえ、出身は福島県ですか」
お互いの出身地などいろいろ会話を弾ませていた和也と恵子だったが、和也は今日の目的のお漏らしさんにふさわしいいいことが気になっていた。だが、お漏らしさんという言葉があるので、なかなかその話題を切り出すことができないし、誘ってきた恵子もなかなか、そのふさわしいことを切り出してこない。そんな会話をしている間にもう3時を過ぎていた。
「あら、もう3時、別バラでケーキを食べましょうか。コーヒーがいいかしら紅茶がいいかしら」
「あ、私はコーヒーで」
「はい、ちょっと待っててね」
 コーヒーのいい匂いがしてきたと思ったら、白い四角の上に赤いイチゴが乗っているショートケーキが乗ったお盆と一緒に恵子が現れた。
「インスタントではなく、レギュラーコーヒーよ、さ、どうぞ」
和也はミルクも砂糖も入れずにブラックでコーヒーをすすると、ショートケーキを口に入れる。
「このコーヒーの苦さをショートケーキの甘さとイチゴのすっぱさが調和してなんともいえないね。おいしいよ」
「よかったわ、この店のショートケーキは最高ね」
和也はまた、今日の目的のふさわしいことの話題から去りつつもコーヒーとケーキの味をかみ締めた。だが、もうひとしきりの話題も話しつくしたので、和也は思い切って恵子に聞いてみることにした。
「ねえ、ふさわしいいいことって何?」
「ああ、お漏らしさんにふさわしいいいことね」
「それはもう言わないでよ」
「でも、お漏らしさんって言わないと、何がふさわしいのかわからないでしょ、興味あるのね」
「いや、ふさわしい、”いいこと”という、いいことに興味があるわけで、お漏らしさんには興味ないよ」
「そう、じゃ、どうかな」
「どうかなって」
「話を聞いてくれますか?」
「ええ、もちろん、そのつもりで今日は来たのだから」
恵子が大学2年生のとき、父は運営していた酒屋をコンビニチェーンに変える決心をした。恵子ももう20歳で大人ということから、母と3人でいろいろ話をした。正直、時代の流れなのか、このまま酒屋を続けるのかという選択は難しかったがいろいろなコンビニチェーンが増えていく中、父も一大決心をしてコンビニチェーンのオーナになったのだ。母も手伝い、恵子も手伝い、そしてアルバイトも1人、2人と増えていった。そんな中、急な忙しい仕事内容と不規則な生活に母は急に体調を崩し、心筋梗塞であっと言う間にこの世を去ってしまった。恵子が25歳の時だった。大学を卒業した後は就職を考えていたが、家業のコンビニを手伝っていてよかったと思った。他界した母の分も恵子が手伝うようになったが、父は他界した母のことがショックだったのだろう。恵子の見合いの話などもあったが、親身になれないほどコンビニの仕事にも追われ、恵子が30歳の時に今度は父が他界した。くも膜下出血で手当てする時間もなく、この世を去った。そして恵子は両親から引き継いだコンビニオーナとして生きていくことを決心し、この10年、がむしゃらに生きてきた。気がついてみれば婚期も遠ざかった40歳のおばさんになっていた。
恵子は久しぶりに自分の過去を話した。和也は相づちと質問をしながら長い話を聞いてあげた。
「1カ月前かな。従妹が赤ちゃんを連れて遊びに来てくれたの。そこでかわいい赤ちゃんの世話をしている従妹がうらやましくなってね。でも、もう結婚は諦めているし、これから初産では無理かななんてね」
「今の医学は進んでいるから大丈夫さ」
「ありがとう。でも相手もいないし。私はコンビニと結婚したようなものね。でも、かわいい赤ちゃんの世話をしてみたいな。おむつをあててあげて哺乳瓶でミルクを飲まして、そしておしゃぶりをしてあげて。おもらしすればおむつを取り替えてあげるの。そんなことが実現できないかな、なんて考えるようになって」
「従妹さんの赤ちゃんの世話をすればいいでしょう」
「自分の赤ちゃんが欲しいの」
「・・・」
「だから、誰か大人の人でいいから私の赤ちゃんになってくれないかな、なんて思うようになったの。でも最近の10代や20代のアルバイトの若者を見ても20歳も違うとなにか、違うのよね。そこへ、お漏らし君の君が現れたわけ」
「俺に赤ちゃんになって欲しいの?」
「そう、コンビニのオーナとしては、いつもいつも赤ちゃんの面倒は見切れないから。コンビニのように好きな時に好きな時間だけ、赤ちゃんになってくれる人がいいなって思っていたのよ。でも実現できない話は止めましょうね。ごめんなさいね。私ばっかり自分のことばっかり話をして。あら、もうこんな時間、お腹がすい空いたわ。駅の近くの回転寿司をおごってあげる。それでお別れしましょう」
和也も恵子の話を真剣に聞いているうちに外もうす暗くなり、お腹もすいていることに気づく。でも和也は ふさわしいイイコトが何かをまだ聞いていないことに気づく。お寿司を食べ行くのは賛成だが、そのイイコトにも興味がわく。
「あの、結局ふさわしいイイコトってなんでしたっけ」
「あら、まだ話してなかったわね、じゃ、夕飯のお寿司を一緒に食べに付き合ってくれたら教えてあげる、いいわね」
和也は返事もしないうちに恵子はもう出かける準備をしている。和也は仕方なく興味本位半分のまま、恵子とお寿司の夕飯を食べに向かった。
お寿司屋で恵子は、酒を飲み始めた。和也もつられて飲みながらお寿司をつまんでいた。人気のあるお寿司屋のようで結構混んでいる。こういう雰囲気では、あのイイコトの話も出来ずに、時間だけが過ぎていく。
「もう、お腹いっぱい。出ようか」
恵子はそういうと席を立って会計をしに行った。和也はせめて割り勘とも思っていたが、先に店を出て外で待つ。しばらくすると足元がおぼつか無い恵子が店から出てきた。
「お漏らし君、じゃ、これでお別れしましょう。いろいろ話をきいてくれてありがとう。もう、お漏らししちゃだめよ」
和也が気になっていることは話さず、一方的に話すと恵子はコンビニのほうへ向かって歩き出す。まだ、足元が少しおぼつか無い。イイコトの内容も聞いていない和也は自然と恵子の近づくと恵子の手を握り一緒に歩き始めた。
「コンビニまで送って行くから」
「あら、ありがとう」
そのまま2名は黙って恵子のコンビニまでゆっくりと歩く。和也はイイコトの内容も聞きたいが、少し酔っているので、酔いざましで少し歩いた後に聞いたほうがいいと思っていた。
やがてコンビニが近づいてきて、2階へと上がる階段を進む。恵子は鍵を開けると、和也の方へ振り向く。
「入って。イイコトの内容を教えてあげる」
和也は仕方なく恵子に続いて玄関から入る。リビングのソファに座ると恵子は台所からお冷を持ってきた。
「ああ、おいしい。少し飲みすぎたかな」
和也も水を一杯飲むと落ち着いてきた。和也は勇気を持ってもう一度聞いてみる。
「イイコトって何?」
「私の赤ちゃんになってくれたら、私のおっぱいを飲ませてあげる。でも母乳は出ないけど」
「おっぱい、いいね」
「でも、赤ちゃんにはなってくれないでしょう。だからもう別れましょう。変なことをお願いしてフシダラナ女と思ったでしょう。さようなら」
「わかったよ。いいよ。コンビニのように少しの時間でいいんだろう」
「え、本当」
「オッパイもいいのだろう」
「それは、赤ちゃんへあげるおっぱいとしてよ」
「わかったよ」
「うれしい」
恵子は躊躇しつつもいきなり和也に近づくと和也の唇を自分の唇でふさいだ。和也は正直、女性とろくに付き合ったこともない。新入社員の時に言った社員旅行で女性の体は知ったが、愛の対象のない初体験だった。そして、それ以来女性との経験もなかった。それが恵子の方からいきなり唇を吸われている。女性の柔らかい体を感じ、女性らしい匂いに包まれ、次に和也から恵子の唇を吸った。そして、恵子の腰に手をまわし、バストの方へ柔らかい感触を感じながら手を這わして行く。
「だめよ、お風呂に入ってからにしましょう」
恵子はいきなり和也から離れるとお預けを言う。和也はこのまま強引に続けたいと衝動に取りつかれるが、恵子の言うなりになってしまう。
 そしてふたりは風呂の後、ベッドの中で果てた後はお酒を飲んでいることもあり、そのまま寝入ってしまった。
おとなの赤ちゃん返り
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