忘れかけていた物

藤井和夫は高校を卒業して就職し、20歳の時に帰郷をしてから2年目に再度帰郷した。帰郷という気持ちではなかったが和夫は帰郷だと割り切っていた。岡山の田舎には母が一人で暮らしている。和夫は1人息子ではあるが、3人の姉がいる。少し年が離れており6歳年上である。3人姉妹は岡山、大阪、神戸でそれぞれ一人暮らしをしている。長女は岡山の都心で働いているが、田舎へ行くには山に向かって1時間の距離がある。この年の夏、和夫と3人姉妹がお盆の帰郷で全員が揃った。
母親は3人の娘を産んだ後、男の子が欲しかった。そこで打ち止めにしていたが、油断した際に和夫を身ごもり出産した。38歳であった。今、和夫は22歳。母親は60歳である。まだまだぴんぴんしているが、この数年の一人暮らしからぼけがひどくなってきている。父親が癌で5年前に他界してからの一人暮らしで寂しさがだんだん激しくなっていき、ぼけという形でしのいでいたらしいが、そのぼけが最近は本格化してきていた。
「ただいま」
和夫は2年ぶりの我が家に帰った。
「おかえり、暑いねえ、疲れたろう」
いつものような聞きなれた言葉が聞きなれた口調で耳に入ってくる。
「これで皆全員揃ったよ。父さんもお墓で喜ぶと思うよ」
「母さん、おれの東京からの荷物は明日届くと思うから」
「わかったよ。少しこちらでゆっくりしなさい」
和夫は東京の会社を退職して田舎に戻ってきてしまったのだ。3人姉妹にはなんとなく言い辛く、母さんだけには事前に相談しこちらでやり直そうと考えていた。3人姉妹とも顔を合わせた後、和夫はテレビを見ていた。3人姉妹は母さんと夕飯の手伝いをしていた。
夕食の最中は、たわいも無い会話を交わし懐かしい顔と一緒に夕飯を食べた。しかし、夕食が終わった時、母は急に和夫に言い出した。
「和夫、おまえは今でもオネショしているのかえ」
和夫は家族全員の前でそういうことを言う母親が好きではないが、悪気があって言っているのではなく、心配して言ってくれていると自分の心を慰める。
「もう、してないよ」
和夫は当たり前だろうという口調で言うが過去の負い目もあるので力強くない。そこを見計らって長女の由香が言う。
「そうよ、中学生にもなってもオネショをして、仕方ないから、夜だけはおむつをしていたもんね、かずちゃんは」
「高校生になってからは直っただろ」
和夫は女性4人からそういう話をされると過去の事実もあってやりきれない。
「うそよ、かずちゃんはときどきオネショしたり、様子がおかしいときはお母さんがときどき説得しておむつさせられていたでしょ。由紀はちゃんと知っているんだから。ねえ、母さん」
次女の由紀は自慢げに母に応援を求める。
「ということは今でもオネショしているんじゃないの?おむつもしているの?この子は。会社の寮ではオネショやおむつを見られたら恥ずかしいわよ」
三女の愛は今だに和夫を子供扱いしてくる。愛らしいの名前の「愛」とは反対の性格だ。6歳も離れているから、大人びる中学生のときにようやく和夫が小学1年だ。弟ではあるが愛は和夫を男としては認めていない。
「もう、おねしょもおむつもしていないよ」
和夫は過去の事実を認めつつも反論した。
「わかったわよ。和ちゃんも20歳を超えたし、そういうことはしていないと思うわよ」
ようやく母の援護の言葉が出てほっとしたが、それはほんの一瞬のことだった。
「でも、たまに帰って着たんだし、空気も布団も変わると和ちゃんはきっとおねしょするんだよ。だから寝る前におむつをしようね、わかったね、和ちゃん」
その言葉を受けた3人姉妹は皆でうなずいた。
「おむつするのを私たちも手伝うわよ」
長女の由香は母を思って皆を煽る。
「いいわよ、仕方ないわね、昔は何度私たちがおむつをしてあげたり、交換してあげたりしたか和夫は覚えているの?」
愛の口調は特にキツイ。和夫は何にも言えなくなってしまった。
「特に和夫が風を引いて熱を出すと2、3日熱が下がらなかったでしょ。その間ずっとおむつよ。和夫が高校生のときよ。さすがに就職試験を受ける頃には少し減ったかな」
愛は昔のことを今さらに生々と話し始めた。
「それも1年の間に何回も風をひくの。その度に交代でおむつを交換してあげたの覚えてる?」
「でも、俺はもう成人男性だぞ。今の会社の寮でもおねしょやおむつはしていないし、もう卒業したよ」
本当の事を言えば、和夫は完璧にオネショはまだ治っていない。新しい寮に入ったころ、幸いにも1人部屋だったからよかったが、最初は緊張の連続で、2、3回失敗したことがある。部屋の中で布団をたおるで拭き、1日部屋のなかで干してようやく次の日は寝れてほっとしたことがあった。しかし、おむつはもう4年していない。オネショをしてしまったときには大人用の紙おむつを買うかどうか迷ったが、薬局には若い女性の店員さんが居てとても勇気がなかった。また、遠くのスーパで買おうとも思ったが、車もバイクもなく、かといって自転車で買いに行っても、結局店員さんの目がはずかしく買えなかった。そういうこともありおむつは卒業したと思っていたが、家に帰郷するなりこういう展開になるとは思っていなかった。しかし、同時に昔、母親や3人姉妹にオネショの後始末やおむつを交換させられたのも事実として蘇ってくる。
卒業したとは言え、過去のこのような思いに耽っていると、由紀が催促してくる。
「和夫ちゃん、お母さんの言うこと聞いて、オネショすると大変だからおむつして寝ようね」
「もう、卒業したといっただろ」
「和夫は恥ずかしいのよ」
由紀は味方していないのだろうが、3人姉妹に歩調を合わせる。
「成人男性として本当に卒業したのだから、恥ずかしいも何もないだろ。それより成人男性の下半身を見ることに餓えているんじゃないの。そろいも揃って3人とも結婚していないし」
「私たち3人姉妹は青春を謳歌しているのよ。それに私たちは3人そろって看護婦よ。年寄りや病人のおむつは当たり前の毎日のことだし、若い人でも体が動かないような怪我や病気の時はおむつよ。私たちにとっておむつは何の抵抗もないし、和夫は私たちからしてみれば随分年の離れた可愛い男の子よ」
愛とは六歳違うがとても三女とは思えない口調で話す。
「まあ、まあ、和夫は少し疲れているだろう。お風呂に入っていらっしゃい。そうすれば気分も治るでしょう。三人娘のことは私がなんとかしておくから」
「OK。そうこなくちゃ、母さん。じゃ風呂に行ってくる」
和夫はボストンバッグから下着とパジャを出すとさっさと行ってしまった。
「なによ、母さん、母さんが最初に言い出したんでしょ。和夫がオネショをすると困るかおむつをさせようという話」
愛が母親に言い迫る。
「そうだけど、20歳を過ぎた男が嫁入り前のお前たちの前で裸になるのも風紀上よくないだろ」
「なによ、私は10代から和夫のオムツを交換してたじゃないの。母さん1人じゃ大変だから。和夫のおむつが本当にようやくとれたのは和夫が高校3年生に入ってからよ。だから私はそのとき24歳よ。あれから7年ね。だから和夫の毛の生えた肉棒だって、毛の生えた肛門だって、毛むくじゃらの太ももだって見飽きたくらいよ。今だって同じようなもんでしょ。それに私看護婦で毎日ではないけど、若い人が手術のための剃り毛や、手足が不自由な人や老人のおむつ代えなんか日常よ。別に若い男の恥部なんて何も感じないわ」
愛は、看護婦としてもようやく一人前になっていた。
「そうね、3人姉妹、皆看護婦をやっているけど、確かにに愛の言うように別に和夫に男は感じないわ。オネショをしておむつをしていた12歳も年下の弟。これはもう赤ちゃんみたいだったわ」
「そうよね由香姉さん。そして、母さん、和夫は私たちの赤ちゃんで、オネショをすると困るからおむつをして寝かせる、ただ、それだけのことよ」
「困ったねえ」
母親は思い悩む。ここまで和夫への準備をしてきた自分と、言っていることが逆になってしまったものだから。その準備というのは、母親自身がおむつをさせようと思って、箪笥の中からおむつとおむつカバーを探し出し、きれいに洗濯して干してまた箪笥にきれいに畳んで入れてあることである。そこまで準備をしておきながら、イザというときに3人娘からも和夫へおむつをさせる話が出るとは思っていなかったので、面食らっていた。
できれば娘3人には和夫のおむつ姿を見せずに一夜を明かし、何事もなかったようにしてやりたかった。しかし、娘3人は和夫におむつをさせることにも何も抵抗もなく、むしろ昔を懐かしんで和夫におむつをさせたがっているようだ。
「母さんだって久しぶりの息子が帰ってきてまた、布団にオネショじゃいやでしょ。おねしょしないという保障も実績もないし、安全のためよ。母さんのためなのよ」
「そうよね、由香姉さん」
「ところで和夫のおむつはまだあるの?」
愛が鋭いことを言う。
「実はねえ。お前たちには内緒で和夫におむつをさせて寝かせるために、きれいに洗って干して畳んであるのよ。昔と同じあの箪笥の中に」
愛はそれを聞くや否やすぐ元の和夫の部屋へ行き、その箪笥の引き出しを開けた。
「そう、これこれ。おむつもおむつカバーもまだ使えそうね。きれいに洗ってあるし、和夫も幸せね」
「では次に和夫の下着類は隠してしまいましょう」
長女の由香は皆に作業を分担させようとする。
「由紀は風呂場に行って和夫の汚れた下着と着替えの下着、そしてパジャマも持っていって、それを隠してちょうだい。愛ちゃん、愛ちゃんはこの持ってきたおむつとオムツカバーをここにきれいに並べてくれる? 和夫にここでおむつをあてるから」
「母さん、和夫のおむつを代えるのにパジャじゃ大変でしょう。私達3人が昔着ていたネグリジェはどこかにある?どれでもいいわ、探してもってきて。そうすればおむつ代えが楽でしょう」
「そうだね、たしか捨ててはいないと思ったわよ」
そういって母は奥に捜しに行った。
同時に由紀が和夫のボストンバッグを探し始めた。
「あらま、焼酎があるわ。缶高田って読むのかな?へえ、シソの焼酎だって。生意気になったわね」
「由紀ちゃん、洋服や下着などは全て隠してしまいましょう」
「靴下とか、ハンカチはどうしよう」
「衣服に関するものは全て隠してしまいましょう」
「ただし貴重品には手を触れないようにしなさい」
母さんはぴしりと締めた。そこへ和夫の声が風呂場から聞こえて来た。
「着るものはどこへやった?」
「ちょっと待ってて、和ちゃん」
こういう時の由紀の機転は早い。
「着るものは皆隠した?」
「OK終了よ」
小さい声で確認しあう愛の対応は早い。
「和ちゃん、着るものはこっちにあるから、バスタオルで来て」
由香は準備が整ったことを確認してから和夫に声をかけた。
「久しぶりの家の風呂もいいな。それにしても着替えはどこへやった?」
そこには拡げられたおむつを隠すように女性4人が座って待っていた。和夫の視線からは床に布かれたおむつとおむつカバーは見えない。
「どうしたの?着替えは?」
「和ちゃん、今日から家にいる間はおむつをしていなさい」
由香がぴしりと言う。
「もう、オネショはしてないって言ってるだろ」
「でも、その保障も実績もないし、久しぶりに帰ってきた家でオネショをしたら母さんが大変でしょ。わかるわね」
「母さん、また始まったよ。なんとかするって言ったじゃない」
和夫は怒りながら母さんを責める。思わず手を母さんの方向に向けたりした。すると下半身を隠しているバスタオルがすれそうになるのでそれを押さえながら言う。
「そうなんだけど、私もお前のオネショの傾向はわかっているから、おむつは全部きれいに洗って干して畳んであるんだよ。でも、娘たちには内緒のはずだったのよ。それが」
「母さんを責めてはだめよ。これは女性全員一致なんだから」
「昔、と言ってもつい最近まで和夫ちゃんのおむつを皆で交代でしてあげていたんだから、何も恥ずかしいことはないでしょ。さ、懐かしいでしょ、皆、見せてあげましょう」
そういって由香は広げられたオムツを隠すようにして座っていた場所から移動し、代わりに和夫をおむつの前に行くように後押した。皆は和夫を取り囲むようにして再度座った。
「和夫ちゃん、懐かしいでしょ」
「さあ、バスタオルは取るわよ」
そういい終わるや否や、由紀はバスタオルを下に引っ張った。
「おい、いくらなんでも素っ裸だぞ」
「なによ、和ちゃんのおちんちんや肛門まで皆何度も見ているのよ。そうしないとおむつも当てられないし、交換もできないでしょ。おしっこならまだいいのよ。うんちをしたときのおむつ交換はやっぱいやだったけど、皆慣らされる位何度もしてあげたのよ。何も恥ずかしいことないのよ」
愛はその言葉を言うや否や、和夫をおむつの上に移動させようと手を引き、おむつの上に座らせようとした。
「皆も手伝って」
「そうだよ、和夫、しっかりおむつをしようね」
母さんのその言葉もあって女性4人で和夫はゆっくりとおむつの上に座らされた。
「どう、おむつの上に座った感触は?」
和夫は、確かにそういう風におむつをあてられた感触が蘇っていた。でも、子供の頃は母さん1人だった。そして長女の由香が手伝うようになり、次女の由紀も。そして面白半分に愛も手伝うようになっていったが、一度に4人に囲まれておむつをされようとしているのは今が初めてだ。いきなりのことに和夫は言葉が出ず、おむつの上にぼっと座っていた。昔味わったあのおむつの感触がお尻からじわじわと迫ってくる。同時に肉棒も大きくなった。
「愛ちゃん、和夫ちゃんを寝かせて。早くおむつをしてしまいましょう」
「まあ、この子ったらこんなに大きくなってるわ」
「病院でもよくあるの。おむつ交換のときや、剃毛の時に大きくしてやりにくいことがよくあるわ」
「そういう時はどうするんだい」
看護婦の経験は無い母が真面目な顔をして聞いてくる。
「やだ、母さん、どうするもこうするも無いじゃない。そのままおむつをしてしまうわよ」
「男って本当に嫌らしいんだから」
「早くおむつを当ててしまいましょう」
そうして和夫は寝かせられ、両足を広げられておむつを前の方にセットされた。
「そう、それから横からもして、そしておむつカバーをセットして。そう、そしてホックをかけましょう」
「やめろよ」
和夫は反論するが、女性4人に囲まれてたじたじだ。女性4人は和夫を取り囲み、和夫の体を抑えている。女性にしてはすごい力だ。しかし、病院ではこうでもしないと看護婦の役目は務まらない。
「皆慣れたもんね」
「次は、おむつ交換がしやすいようにネグリジャね」
「ここにあるわよ。由香や由紀のはもう古くなりすぎたから、愛ちゃんのネグリジャを持ってきたわ」
「母さんは手入れがいいから誰のでも着れるでしょ」
「和ちゃん、感謝して着るように」
「愛姉さん、ネグリジャは要らないだろう。俺パジャマを持ってきたし、なんなら浴衣でもいいからさ」
「文句は言わないの。おむつ交換の時にネグリジャの方がやりやすいでしょ。ねえ、母さん」
和夫には有無を言わさず、頭からネグリジャが被さられていた。
「和夫、そこに立ってみて。そう、丁度いいかな。膝の上くらいだし」
由香はぱっと、和夫のネグリジャを捲った。
「ひぇ」
和夫はそう言いながら反射神経的にネグリジェを抑えたが、由香はおむつをまじまじと見た。
「おむつもネグリジェも丁度いいみたいね。OK。和夫、そこに座っていいわよ」
和夫は憮然として表情だが、懐かしい感覚に浸りながら座った。
「どう、和夫、ひさしぶりのおむつの感触は?」
和夫は答えようが無い。ただし、昔おむつをさせられた感触が蘇っているのも確かだった。
「和夫のオネショのためのおむつもさせたことだし、ビールでも飲もうか」
「ビールはたくさん冷えているよ。おつまみも冷蔵庫にあるから、準備しておくれ」
皆でテーブルの周りに座り、ビールが注がれた。
「では、お盆に皆で集まれたお祝いに乾杯!」
「乾杯」
皆、一気にコップに注がれたビールを飲み干した。愛が次のお代わりを注いでいる。
「皆、明日はお父さんのお墓参りでしょ」
「そうだね、皆行けるかい」
「今年は、遊びに行く予定は特にないの。家でのんびりしようと思って」
三人姉妹は皆そのつもりだった。
「和夫の予定は?」
おむつをさせられる前後から一言もなかった和夫がようやく話す。
「俺も特に予定はないけど、友達と会おうかと思って」
「もう約束してあるの?」
「いやまだだけど」
「明日の予定はじゃ、父さんのお墓参りでいいんだけど、もうひとつ皆に話しておこうかと思うんだよ」
意味ありげに母が切り出した。同時に和夫の顔色を伺う。気づいた和夫は、言いたくないような顔をしたが自分から切り出した。
「あー、あの話なら俺から言おうか」
「ちょっと、あの話ってなによ」
愛はすぐに突っ込んでくる。
「俺はこれからここに暮らそうかと思って」
和夫がようやく切り出した。
「ここに暮らすってどういうこと?」
和夫はその先の説明に詰まった。言えないことはないが、3人姉妹の口がうるさくつい、怯んでしまう。
「あー、じれったい。母さんどんな話なの」
「和夫は東京の仕事を辞めてこっちで少しゆっくりしながら仕事を探したいって言うのよ」
「どういうこと、それは。和夫はあの、グレート・カメラで販売員をやっているんでしょ」
「そうだけど、あの仕事も一日立っていると疲れてさ」
「私たち看護婦だって1日あっち行ったり、こっち行ったりよ。たまには世話のかかる患者さんもいるし」
「ま、和夫は東京の暮らしに疲れたんだろう。それでグレート・カメラを辞めてこっちに来ることになったのよ」
「なによ、私たちには何の相談もなしに! 和夫は少し気が抜けているんじゃないの」
愛は和夫に突っ込む。
「気が抜けているわけじゃないけど」
「もう、辞めてしまったもの仕方ないわね。でも和夫。それなら私たちで和夫を育て直しね」
由香は現状を見たうえで、今後のことを言ってくる。長女らしく落ち着いている。しかし「育てなおす」という言葉は難しかったようだ。
「お姉ちゃん、和夫を育て直すってどういうこと?」
「和夫は中学生、いや高校生にもなっておねしょをしていたでしょ。そのためにおむつも手放せなかった。そして今もおむつをしているでしょ。まるでまだ赤ちゃんよ。だから和夫をこれから再度育て直してしっかりした人にしようよ」
「そうよね、かずちゃん。これからは私たち3人ともお母さんの近くで暮らすのよ。由香姉さんもこの家から出勤するし、私たちも岡山駅の近くに病院を替えたから1時間で戻って来れるわよ。それは今年に帰郷の連絡の時に話したでしょ。これからは皆お母さんの近くで暮らせるけど、かずちゃんもこの家で暮らすならかずちゃんの育て直しもいいわね」
「私も賛成よ。おむつが取れないかずちゃんだから」
女性同士の会話を聞きながらも和夫は最後の愛からの言葉がやはり気になる。
「今のこのおむつは皆で無理やりじゃないか」
「私たち皆が決めたことよ。和夫にはまだおむつが要るということは。だからそのことについては黙りなさい。そして育て直すというのは、おむつをした赤ちゃんとして、それも私たちと同じ女の子で育て直しますからね。いいわね、和夫」
「どうして女にならなきゃいけない」
「別に男の証拠を取りゃしないわよ。衣類は女3人分のお古があるからその方が経済的でしょ」
「俺の荷物が明日、届くから要らないよ。女もんのお古なんて。届くけどそんなに衣類はなかった、かな?」
和夫は事項自得の発言をしてしまった。
「和夫の衣類は全部東京に持っていったよ」
「でも、もう古くなったし、あんまり洗濯もしていないので結構身軽になってこっちに引越しの手配をしたんだ。残っているのはパソコン、テレビ、ステレオとか。後スーツ1着とコード1着位はあるけど。あ。携帯は解約したよ」
「下着とか、普段着とかは?」
「今日持ってきたのと、今まで着ていたのしかない。後は身軽でこようと思ってかなり捨てたよ。でも母さん、家に少し残してあったと思ったけど」
「和夫の普段着とか、下着とかは皆もうぼろぼろだったから皆捨てたわよ。本当に男の子は洋服を大事にしないと思ったわよ。だから家には和夫の洋服は一切ないよ」
和夫は東京でもスーツ2着で過ごしていた。2着というのは夏用と冬用だ。やはり夏用のスーツは薄いこともありすぐにだめになってしまう。グレートカメラの退職手続きが終わったときに和夫は夏用のスーツは処分していた。田舎に帰ってから新調しようと思っていた。
「じゃ、やっぱり女の子としての育て直しのほうが経済的ね。私たちの衣類はいっぱいあるわよね、母さん。それにおむつを取り替えるのにスカートのほうがやり易いでしょ」
そう、いいながら愛は和夫のネグリジェをめくって皆におむつを見せる。和夫は必死にネグリジェを膝まで落として見えないように抵抗する。
「ええ、娘たちの衣類はきれいに全部あるよ」
「じゃ、決まりね。和夫をもう一度女の子の赤ちゃんとして最初から育て直しよ」
「ちょっと待てよ」
「待てないわよ。貯金も無いんでしょ。それで失業中でご飯を食べさせてもらって、男性用の洋服まで買う余裕はないでしょ」
「それはそうだけど」
「だったら私達の言うことを聞いてね。可愛い末っ子の女の子の赤ちゃんとして」
「すぐに就職先を見つけるよ。だから女の子の格好は御免だよ」
「そんなこと言って。今の日本の景気はちっともよくならないし、それにすぐに就職先が見つかる訳ないでしょう。それまでは言うことを聞きなさい。わかったわね」
和夫は次の仕事の充てがあってグレートカメラを止めたわけではない。その甘さを認識しながらもすぐには受け入れられない。しかし、女性4人の言う分は正しいし、迫力があった。
「和夫、それにね。母さんも老いてきたし、忘れっぽいのよね。母さん。和夫が側に居てくれたらうれしいわよね」
「そうだね。和夫、しばらく姉さん達の言うことを聞いて、ここに居ておくれ」
母がアルツハイマー病であることは由香姉さんから聞いていた。そしてその病がだんだん激しくなってきていることも聞いていた。それをほのめかした言い方を由香はしたし、和夫もそれは分かっていた。だから母を気遣ってあげたい。その身持ちは和夫には十分理解できる。
「和夫、ここに居てくれるんだろ。姉さん達の言うことを聞かなきゃだめだよ」
母のしんみりした口調には和夫も弱い。母も含めて3人姉妹は皆でうなずく。
「分かったかな」
和夫はまだ受け入れられなかったが、決まったことのように由香が話してくる。
「和夫、明日の父さんのお墓参りで父さんに報告しなさいよ。おむつをした女の子の赤ちゃんの格好で」
「そんな、こんなに布おむつで膨らんでいる上に女の子の姿で外に出られるかよ」
「昼間は布おむつの枚数を少なくしてあげるわよ。それにお化粧してあげる。そして私のセーラ服でも着れば誰にもわかりゃしないわよ」
「そうだ、いちよう紙おむつも買っておいたほうがいいかもね」
「お墓参りの後で、スーパに寄って買いましょう。そう、和夫、おむつをした女の子の格好で大人用の紙おむつを自分で買いなさい」
「いい加減にしろよ」
「和夫、皆で決めたことよ。おむつが必要なことも、育て直しのことも。少しは私たちの言うことを聞きなさい。和夫が納得したから今だっておむつをしているんでしょ。必要性があるからよ。皆の意見なんだから謹んで従いなさい」
「和夫、娘たちの言うこともわかるから。それにしばらくは何もすることないだろ、わかったかい」
母は和夫をさとすように落ち着いて言った。和夫は納得できないが、下着も普段着もほとんどない。買おうと思っても引越しやら帰郷の費用とか使ってしまって財布にもほとんど金がない。そして4年東京で働いていたが、ほとんど貯金もない。やはり、グレートカメラで最新のデジタル家電を販売していると自分も欲しくなり、社員優遇はあるにせよ次から次へと買い換えていた。古くなったものは使わないうちに動かなくなったりしてそういうものは処分していた。
「そういうことで、今日はもう、ビールの次にしましょうか。和夫、バッグの中から焼酎を出したわよ。これ飲んでいいでしょ」
「いいわよね。若いママが3人とホンモノのママもいるし、いっぱい甘えていいのよ」
「そうだ、ならば哺乳瓶、粉ミルクやおしゃぶりも明日買おうか」
「そうね、赤ちゃんの物まではもう、家にはないものね」
「衣類の中でもロンパースなんかはないわね。そうね、それはあっても大人用には小さすぎね」
「わかった、私がインタネットで大人用赤ちゃん用の衣類とか揃えてあげる。そういうものが売っているのよ、インタネットで」
「インタネット?」
「母さんにはわからないかもしれないけど、パソコンで世界中のいろんなお店からいろんなもの買えるのよ。夜勤の最中、休憩時間のテレビでそういうのをやっていたのが印象に残っているのよ」
「へえ、楽典とかのインタネット・ショッピング?」
「そういう有名なサイトには無いだろうな。でも検索すればすぐわかるとかはずよ」
「そう、じゃおむつカバーももっと女の子らしいやつ。例えば色は赤とか花柄とか。それとレースが付いているやつとか。今和夫を当てているおむつカバーはちっとも女の子らしくないから」
「わかったわ。任しといて」
「最初は、おむつをした女の子の赤ちゃんからね。分かったわね。和夫」
和夫は返事をしない。次の瞬間申し合わせたように声が揃った。
「和夫!」
「はい」
女性4人から一斉に大きな声で名前を呼ばれると、和夫は反射神経的に「はい」と答えていた。
 

大人の赤ちゃん返り
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