出資依頼の代償
(ママはコギャル)

田中浩二が初めて篠崎邸の屋敷を訪問したのはもう10年も前のことだ。その頃、篠崎三郎の一人娘である真子(まこ)は7才で小学校に通っていた。真子はおままごとが好きで浩二が遊びに行くと良く相手をさせられてものだ。それも真子がママで浩二が赤ちゃん役にいつも決まっていた。10年前、浩二は20才であったがそれからときどき篠崎邸に遊びに行っては真子の相手もしてやっていた。
しかし、今日久々に篠崎邸を訪問したのは実業家の篠崎三郎氏に出資を依頼に来たのだ。真子の父である篠崎三郎は実業家として成功し、広い庭付きの郊外の大きな屋敷に住んでいる。真子の母親は真子の知恵遅れを悩んでいたが、真子が小学生の時に癌で他界した。浩二と三郎の出会いは浩二が会社員として三郎が経営するベンチャ企業に入社したときからの付き合いである。

                    


「やあ、久しぶり、元気かい?」
三郎はゴルフ焼けのいい顔で浩二に声をかけた。
「ご無沙汰しています」
浩二はここ数年の出来事を三郎に話した。三郎も娘の真子のこと、昔、よく浩二と遊んでくれたことなどを懐かしそうに話した。
「そこで今日は何の用?」
時間がないのか三郎はいきなり切り出した。浩二は事前に郵送した事業の出資依頼について説明し、最後に一千万円の出資を申し出た。
「この企画書を拝見していたが、正直悪いがこの件は遠慮する」
浩二は練りに練ってきただけに後に引けない。
「どこが悪いのでしょう」
浩二は自信があっただけにすぐには引き下がらない。二人は1時間程度議論したが結論が出ない。
「これは俺の直感なんだ。内容的には良いし、社会情勢にも合っている。しかし俺の性になんとなく合わないのだ。勘弁してくれ」
誉めてもらっているのに浩二は引き下がるわけには行かない。浩二もこれまで銀行や役所などを回ってきたが、出資をしてくれるところは無く、三郎が最後のチャンスとして訪問したのだ。
そこへ真子が顔を出した。
「こうちゃん、こんにちは、またおままごとしようよ。前のように私の赤ちゃんになって遊ぼう」
真子は10年も前のおままごとの相手である浩二を忘れずに声をかけてきた。
「真子、向こうへ行っていなさい」
三郎は真子をきつくし叱った。浩二は真子の様子に何か変な物を感じた。10年前の7才であればおままごとも良いが、今は17才のコギャルである。おままごとは無いだろうと思った。浩二はそのあたりの事情がよくわからないので三郎に真子のことを訪ねた。
篠崎真子は17才。普通なら高校に通っているコギャルだが、真子は家で花嫁修行中だ。花嫁修行と言っても真子は頭が少し弱い。小学校、中学校まではなんとか三郎の財力に物を言わせて卒業したが、高校は難しかった。真子は幼少の頃から少し知能の発育がおかしいことが分かり、医者にも相談したが知恵遅れの子供になってしまった。財力もあるし、立派な実業家の家に一人娘で生まれたが、天がニ物を与えなかった典型的な例だった。花嫁修行としてはお茶、お花、料理などの専門家を呼んで家庭教師として勉強していたが、上達はなかなかしていない。
真子は最近またおままごとに凝っていた。中学生では結婚に憧れていたようだが、諦めた様子で、現在は赤ちゃんが欲しいというのが夢だ。誰かが真子のところに来ては赤ちゃんになってと言って困らしている。
「真子がかわいそうでな。赤ちゃんが欲しいと言われてもできるわけが無いし、人形ではもの足らないようでな。最近は誰それと見境なく“赤ちゃんになって遊ぼう”が真子の口癖だ」
真子のことを説明した三郎は急に元気が無くなったように見えた。
「話しを元に戻しますけど」
浩二は真子のことは同情したが、話しを出資の方に戻した。
「残念だが、さっきと変わらない。なにか俺にひらめくようなものを感じさせてくれなければ今回の出資の件は諦めてくれ」
浩二はかなりの自信を持ち、今までの銀行や役所などからの指摘も吸収したことなどを説明し、再度出資をお願いした。
「君も根性だけはあるな。それじゃ、真子の赤ちゃんとして真子の遊び相手をしてもらえるかな」
三郎は妥協案を出してきた。
「昔、よく遊びましたけど、今の真子ちゃんは17才でしょ。それでまだおままごとですか?」
浩二はコギャルの17才の真子をママとして遊ぶというイメージが全然沸かない。
「真子の事情はさっき話した通りだ。真子の気が済むようになんでもやってくないか?」
三郎は知恵遅れの娘の夢をかなえてやりたく、逆に浩二にお願いをすることになってきた。
「なんでもと言ってもおままごとでしょ」
浩二の質問に三郎は説明し始めた。
「真子はママとして赤ちゃんが欲しいんだ。真子の話しをいつも聞いていると赤ちゃんの服装、つまり、おむつをしてお洩らしをしたらおむつ交換をし、ベビードレスを着て、ミルクを飲んで、外へも乳母車で散歩に行きたい、そんな赤ちゃん、それも女の子の赤ちゃんを欲しがっているんだ」
浩二は10年前に真子と遊んだイメージを持っていたが、それとはかなり違っていることを感じてぞっとした。この俺がおむつをしてミルクを飲んで乳母車に乗ることなど想像もつかない。黙ってしまった浩二を見ながら三郎は続けた。
「今は赤ちゃんの人形におむつをさせて、ミルクを飲ましたり、いろいろ赤ちゃんごっこをして遊んでいるが、いつも最後には私につまらないと言ってくるのだ。私が不在の時には由美に不満をぶつけるのだそうだ。由美はお手伝いで篠崎家に住んでいる。由美は真子をなだめるために新しいおむつやおむつカバーやいろいろベビー服を作ってくれてな、そして人形の赤ちゃんに着させて真子の気を落ち着かせてくれているんだ」
浩二は由美というお手伝いが三郎の妾であることを知っていた。人あたりのいい機用な女性であった。
「すまん、また変なことをお願いしてしまった。君なら昔から仲がいいから真子と遊んでくれるかもしれないと思ってしまった。悪かった。今のことは忘れてくれ。それで用件は済んだな。私は別の用があるので失礼するよ。おい、由美、浩二君がお帰りだ。お送りしてくれ」
三郎はそういうと部屋の奥に消えて行った。代わりに和服姿の由美が現れた。
「浩二さん?」
由美は浩二のことを覚えていてくれた。久しぶりの挨拶をしたが、浩二は帰る気にならない。由美は何かあったと気づいたらしく気を利かしてその部屋を去った。
浩二はどうしたらよいか途方にくれた。真子はコギャルという感じであの子と遊べるならそれは別にいい。しかし、赤ちゃんの格好、それもおむつまでされるのは勘弁だなと思った。でも、それさえ我慢すれば出資が受けられることを思うとすぐにはここから帰る気がしない。しばらくすると様子を伺いに由美が来た。
「浩二さん、だんなさんをもう一度呼びましょうか?」
「いや、結構です。それよりも真子さんのことをもう少し聞かせてくれませんか」
由美は真子の近況を話したが三郎の話しとそう変わりなかった。しかし最後に真子の部屋を見に行きましょうと言って浩二を連れ出した。
「百聞は一見にしかずですから、真子さんの部屋を見てあげてください。真子さんも喜びますよ」
浩二は昔遊んだ記憶があるため、別に何も思わず軽い気持ちで由美に従って真子の部屋へと入った。
「真子さん、浩二さんが来てくれましたよ」
由美は真子の部屋をノックしながら言った。
「はーい、どうぞ」
部屋の中から声がした。由美はドアを開け由美と浩二は真子の部屋の中へ入った。そこはまるで赤ちゃんの部屋であった。天井からはがらがらがぶらさがりベビーベッドが置いてある。ベビーベッドには少し大きめの赤ちゃんの人形が寝かされている。カーテンはピンク柄に小さなうさぎの絵がちりばめられた柄であった。部屋の隅にはベビーダンスが置いてあり、その上には哺乳瓶やコナミルクの缶、そしてベビーフード、おしゃぶりまでがきれいに整理されて置かれている。
「かわいいでしょう」
真子は自慢するような口調で話しかけてきた。
「昔、こうちゃんとよくおままごとをしたでしょう。こうちゃん、私の赤ちゃんになっておままごとをしましょうよ、いいでしょう」
真子は私の年齢などは全然頭に無い様子で純粋にそう思っている。
「浩二さんはもう大人ですからね、それに浩二さんは男性ですよ」
由美は浩二に失礼があったと思って真子をたしなめた。浩二はなんとも言えないかわいい部屋と思い見とれていたが、さっき三郎から話しのあった赤ちゃんになる気はしない。
「真子ちゃんは女の子の赤ちゃんが欲しいんでしょう、おにいさんは男の大人だから」
浩二も幼児をあやすように真子に言った。
「いいの、私の赤ちゃんになってくれるなら、大人とか男とかそんなこと関係ないでしょう。私は赤ちゃんが欲しいのよ、どこかおかしい?」
正論である。知恵遅れとは言えこのあたりの理屈は大人にはかなわない。
由美も浩二も黙ってしまった。
「おかしくないでしょう。こうちゃん、こっちにきて赤ちゃんのお洋服を見て、おむつもおむつカバーもあるのよ。こうちゃんはどれがいいかしら。好きなものを選んでいいのよ。それとも私がママさんだから私が選んであげようか」
浩二はびっくりしたが、相手はまだ子供同然だ。からかって遊んであげるつもりでベビーダンスの中を一緒に見てあげた。
そこには白を貴重に赤やピンクの柄が入ったおむつや、赤、黄色など派手な色のおむつカバー、そしてベビードレスやよだれがけなどがあった。真子は一枚一枚取り上げてはこれいいでしょう、かわいいでしょうと言いながら浩二に見せてくる。
「まあまあ、仲がいいことで、私はさがりますので用事がありましたら。呼んでください」
由美はふたりにそう言って部屋を去った。
二人になっても真子は全く何もなかったように浩二に説明をしてくる。
「こっちには紙おむつもあるのよ。こうちゃんは布おむつと紙おむつとどっちが好き?今日は特別に好きな方をしてあげる」
真子は真面目な顔をしてそう言ってくる。
「真子ちゃん、おにいさんは赤ちゃんにはなれないよ」
「どうして?大人とか男性とかは関係ないことでしょう、さっきも言ったでしょう」
真子は真剣に言い返してくる。
「落ち着いてね、真子ちゃん。それは真子ちゃんが正しいと思うよ。大人とか男性とか関係なく、女の子の赤ちゃんとして遊ぶことはできるよ」
浩二はからかい半分でベビー用品を見たついでに真子の言い分を見とめてやった。
「でもね、このおむつとか、ベビー服は本当の赤ちゃん用のサイズでしょ。おじさんがこのベビードレスを着れると思う?小さくて足が一本は入るかどうかよ、小さすぎて着れないということ。この部屋にあるもの皆そうだよ。本当の赤ちゃん用のサイズだということは真子ちゃんにもわかるよね」
浩二はやんわりと真子の気分を害さないようにおままごとはできないことを説明した。
しかし、真子もこのあたりのことは気転が利くらしい。
「そうか、こうちゃんだから好き。教えてくれてありがとう。じゃ、こうちゃんに合わせたベビー服を用意すればやってくれるわね。私の赤ちゃんになってくれるわね!」
からかい半分で真子をたしなめたはずが、反対の結果になって戻ってきてしまった。
「えー、だってそんなものは無いでしょう。だからできないよ」
浩二は反論するが、こうなると真子のペースになってしまう。真子は贅沢三昧の生活をしているのだ。オーダーでベビー服を作ることなど当たり前と思っている。しかし、浩二は違う。おむつやおむつカバーは赤ちゃんのもの、ベビードレスも赤ちゃんのものでサイズはあういう小さい物しか無いと信じている。浩二は30才ではあるがまだ独身である。平均的にはもうそろそろ結婚もしていて子供も1人か2人いるだろう。しかし、仕事一筋の浩二は付き合っている相手もいない。ベビー服はあういう小さいものという潜入感しかない。ましてや身の回りにも赤ちゃんはいなかったので身近に見るのは初めてと言ってもよいだろう。そんな浩二には浩二に合わせたベビー服を用意すればなどという言葉は全然想像できない言葉なのだ。
「そんな大きなベビー服はないんだから、おにいさんにはできないよ。わかった?おにいさんはもう帰るね」
浩二は真子が住んでいる世界が違う人間のように思え、もうこんな会話はたくさんだと思い帰ることにした。そこへ由美が入ってきた。
「あら、お帰りですか。真子さんと遊んで行ってください」
由美は知っているのか知らないのか、浩二の気持ちを無視したような声をかけてきた。
「ねえさん、聞いて、聞いて。こうちゃんね、こうちゃんの体に合ったベビー服を用意すれば私の赤ちゃんになってくれるって。早速ねえさん寸法を測って頂戴」
真子はなぜか由美のことを姉さんと呼ぶ。それは幼少のころからお手伝いとしてではあるがずっと家に居て真子の言うことを何でも聞いて来たためでもある。
「そんなこと言ってないだろう」
浩二は少しむっとした気持ちで真子に言った。
「ここにある本当の赤ちゃん用の服は俺が着れるわけが無いだろうって言っただけでしょう」
「だからこうちゃんに合ったベビー服を作れば私の赤ちゃんになってくれるということでしょ。お願いします」
真子は半べその状態で17才とは思えないような子供のしぐさで浩二に哀願を始めた。
部屋に入ってきた由美はどうしたもんかと思った。今までも真子は来客に赤ちゃんになってと言って困らしたことはあったが、これほど真剣になったのは初めてだった。それはやはり、子供の頃に一緒におままごとをして遊んだという記憶と、真子は浩二のことが好きなんだという証拠でもあった。異性を好きであればもっと別の表現が普通であろうが、知恵遅れの真子には浩二を自分の赤ちゃんとして扱い、かわいがってあげることが一番なのだろう。
「浩二さん、真子さんがあれほどまでに頼むのは初めてなんですよ。真子さんのお願いをかなえてあげてくれませんか?」
由美は悩んだあげく浩二に頼んでみた。
「由美さんもそんなことを言うんですか。大の男がおむつをして女の子用のベビードレスを着て、乳母車に乗れと言うんですか?」
浩二は信頼していた由美からもそんな言葉が出てきたことがショックだった。
「確かにそうなのよ、でもね、真子さんが不びんで仕方ないの。今までにも来客の人に言ったこともあったのよ。でもそんなこと難しいし、でも真子さんもすぐ諦めてしまうのが今までだったの。でも浩二さんは違うの。今までにこんなことなかったの。真子さんがこんなお願いするのは本当に初めてなのよ」
今度は由美までが浩二に赤ちゃんになれと言ってくる。
「今日は珍しいものを見せてもらってありがとうね。真子ちゃん。また今度遊びにくるからね。さようなら」
変なお願いをされて気が変になりそうだったが、浩二は冷静さを取り戻して部屋を出ていった。部屋の中で真子が泣き始めたのが聞こえたが、かまわず玄関のほうに向かった。
「浩二さん、ちょっと待っていただけますか。さきほどの応接間で少し待ってください。忙しいとは思いますけど、もう少しお時間をいただけますか?」
浩二は出資金があれば忙しいが、出資金の目途が立たない今は暇である。暇とも言えないので浩二は待つことにした。由美はその応接間にコーヒーを持って来ると奥の部屋に消えて行った。由美は三郎と相談をしていた。真子さんがあんなに強くお願いをしたのは初めてであること、浩二におむつ、おむつカバー、ベビードレスなどを見せ、二人で仲良く1時間も話していたこと、そして真子さんのお願いがあり、浩二がそれを断ったことなどを説明した。三郎は不びんな娘の夢をかなえてやりたかった。なんとか浩二君にやってもらえないかと黙っていたが、ここは頭を下げるしかないか。そして交換条件で出資をしてあげることで浩二君の夢もかなえてやる方法がベストだろうと思った。三郎と由美は浩二のいる応接間に向かった。
「やあ、お待たせして申し訳無い。由美から真子のことは聞いた。君に迷惑をかけたと思う。許してくれ」
三郎は最初から謝ってきた。
「そんなとんでもない。真子さんのかわいい赤ちゃん用品のコレクションを見せてもらっただけですから」
公私にわたってお世話になり、今日も断られたとはいえ出資をお願いに来た人に謝ってもらっては困る。
「問題はその後だ。君におむつをしてベビードレスを着させ、乳母車に乗ってもらうなどの赤ちゃんになって欲しいと失礼なことを言ったそうで、本当に申し訳無い」
三郎は膝と両手を床につけ、真子や由美が言ったことに対して真面目に謝ってきた。
「そんなこと止めてください」
浩二は止めるが、三郎は頭を下げたまま謝り続ける。
「本当に止めてください、別に気にしてませんから」
浩二は三郎の手を上げ、頭を上げてもらうようにお願いをした。
「いや、気にしてもらいたいんだ。本当に真子のために赤ちゃんになってやってくれないか。私からもお願いする。大の男におむつをしてもらい、赤ちゃんのように振舞ってほしいというお願いは非常識だと思う。だから誰にでもお願いなどできるわけが無い。だが、君は違う。昔から世話になっているし、真子もなついている。真子がかわいそうなんだ。私のためにもお願いできないだろうか。さっきも少し君にお願いをしたがやはり非常識と思い止めたのだが、由美の話しを聞いているともう君以外には真子の夢をかなえてくれる人はいないと思う。さきほどの出資の話しはもちろん喜んでやらしてもらう。どうだろう、考えてみてくれないか」
三郎はようやく頭を上げた。浩二は公私にわたり長くお世話になってきた三郎が土下座までしてお願いしたことにびっくりしたが、いいですよとは言えない。大の男がおむつして赤ちゃんになれるかと思っていたが、三郎の真子を思いやる気持ちにも同情していた。
「お気持ちは十分にわかりますけど、おむつというのはね」
浩二は同情とお世話になっていたことからからきっぱりとは断りきれない。
「私だって病気になったり、老人になればおむつのお世話になるさ。おむつといってもそんなに気にすることはないと思うよ」
三郎は直感的に浩二を落とせると思った。このような会話をしていけば妥協点が見つかるはずだ。浩二の今の夢をかなえてやれば、少しずつでも真子の夢がかなうと確信を持ってきた。
「それに女の子用のベビードレスに乳母車?」
浩二は少しずつ気になることを聞いていった。
「赤ちゃんに女も男もないさ。みんなかわいい赤ちゃんとしてみればいいと思う」
三郎は浩二をどんどん全く心配ないような気分にさせていった。さすが、実業家として人を誘って自分の方向に導く会話はうまい。今度は三郎から条件を言ってきた
「週に一度半日でいい。ここに来るまでの時間もあるだろうから、そう、土曜日の午後だけ真子の言う通り赤ちゃんになって遊んでやってくれないか。出資金はすぐ用意させる。出資金があれば君も忙しいから、ここに来るのは土曜日の午後だけ。もちろん電車賃とそう、半日の日当も出そう。無理なことをお願いするのだから半日で10万円というのはどうだろう。少ないか?」
三郎は浩二の赤ちゃんになるという不安を取り除くと同時に赤ちゃんになったときのメリットも言い始めた。一千万の出資金に比べれば電車賃は問題ない。でも日当10万円は大きいと思った。
「どうだろう、不びんな娘の夢をかなえてやってくれないか」
この一声が効いた。おむつの心配や赤ちゃんの格好をする恥ずかしさはあるが、自分への出資をしてもらうと同時になんといっても公私にわたる恩人から娘の夢をかなえてやってくれないかと言われ、浩二はもう断りきれないと思った。
「わかりました」
次の瞬間、浩二はそう言って三郎に頭を下げた。
「由美、真子を呼んでくれ、それから浩二君、今日は日曜日だから、次の土曜日の13:30分に家に来てくれ。いや、本当に真子も喜ぶと思うよ、ありがとう」
浩二は引き受けてしまったものの、真子の赤ちゃん役を毎週毎週半日もするのかと思うと気も滅入っていた。
「こうちゃん、本当、私の赤ちゃんになってくれるの?」
真子が駆け足でそう叫びながら入ってきた。
「毎週土曜日の午後だけだよ、やさしくしてな」
真子の純真無垢な表情に浩二も思わず真子にやさしい言葉をかけた。
「ねえさん、それじゃ早速こうちゃんの体の寸法を測らなきゃ。おむつでしょう、おむつカバーでしょう、ベビードレスにベッドに涎掛に。。。」
真子はこれでもかとベビー服やベビー用品の名前を言い始めた。
「一通り寸法を測っておけば何でも作れますよ、それにベビー用品も買えますよ」
由美も一緒になって真子と赤ちゃん用品の話しを始めた。そんな会話に浩二は嫌気がさしてきた。浩二は三郎に出資金の振り込み先を言い、明日にでも振り込んでもらうことを確認してほっとした。それを見計らって由美が浩二の体の寸法を測り始めた。
浩二は週に半日の我慢だと自分に言い聞かせ、明日からの事業のことを考えていた。その日は寸法を測る終えたところで浩二は三郎の家を去った。
 

 
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