小説:ミルキーアルバイト

「こんなアルバイトがあったらいいな:フィクションです」

                                                                            芥川秀一

1.初募集
2.面談
3.想定外を乗り越えて
4.記念写真
5.ランチ
6.散歩
7.狭い狭い部屋の中で
8.夕飯は玩具の上で
9.遠退くお宮参り
10.メモリアル


1.初募集

宝くじを当てて、高級マンションで優雅に暮らす双子の中年女性の日奈森 美樹と由樹は、インターネットのアルバイト・サイトに赤ちゃん募集の広告を出した。

・衣食住付き
・住み込み(一泊2日単位)
・小柄な方を希望
・学生希望
・赤ちゃんになれる方を希望
・デジカメ、携帯電話など情報通信機器の持ち込み禁止

・一泊2日、20,000円
・詳細は面談

都内の高級マンションの最上階での生活はようやく落ち着き、美樹と由樹は自分たちのやりたいことを実現することにした。1年前に買った年末ジャンボの宝くじが見事に当たり、3億円を手に入れた。双子で同時に購入した宝くじはどちらが購入した分が当たったかなど分らないので半々として銀行預金に預けた。だが、言いことばかりは続かない。美樹と由樹のそれぞれの夫も双子で仲が良かったが、海外で発生した飛行機事故で2人一緒に亡くなってしまった。海外に遺体を引き取りに行き、供養をした後、それぞれの住居は売り払い、都内の高級マンションに一緒に暮らすことにした美樹と由樹だった。2人には子供はいない。子供欲しさに毎日のように励んだが、いい知らせがないままの夫の訃報であった。
そんな訃報を乗り切り宝クジの幸運を得て、美樹と由樹の生活はようやく落ち着いて来たのだった。宝クジで当たった内のいくらかをファンドに投資して、毎日の生活費位は稼げることになり、それ以外の時間を自分たちのやりたいことに費やすことにしたのだった。2人は30歳だったが、もう結婚も出産にも興味はなかった。だが、赤ちゃんは育ててみたい。手のかからない一時的な赤ちゃんを育ててみたい。そんなことをこの数カ月の間相談をしていたが、その相談結果をこれから実現しようとしていた。

「ねえ、由樹、この募集内容で応募してくるかしら」
美樹はパソコンで募集しているサイトを見ながら、ノートPCの画面を由樹に見せた。
「どれどれ、見せてね、美樹ちゃん、うん、いいわよ。これがインターネットのアルバイト募集のサイトに掲載されているわけね」
由樹は大きく頷くとすぐにまた縫物に戻る。由樹はその大きな赤ちゃんが着る予定の衣服を作っている。布おむつ、おむつカバー、おくるみ、帽子に涎かけと一通りは出来ているが、着替え用としてどんどん作っている。
「ねえ、由樹、気になることがあるの。年齢とか、性別とかは書くべきかしらね」
「年齢は一様、18歳以上ね、性別はどちらでもいいけど、着せるお洋服と紙おむつのことを考えるとどちらかに決めた方がいいわね」
「もちろん、女性よね」
「そうよ、でも赤ちゃんだから、男性でもいいわよ。女装させちゃおうか。そういうことを書いたら応募が無くなるかな?」
「ま、最初だから、そこは書かないで応募を待ってみましょうよ。どんな人からの応募があるか楽しみだわ。女性でも男性でもいいように赤ちゃんが着る衣服はまだ何にも染まっていないという意味で白に統一しているから大丈夫よ」
「あら、早速応募のメールが着たわ」
美樹は募集内容を確認していると、急にメール到着のアイコンが点滅を始めた。美樹は最初の応募なのでどきどきしながらそのアイコンをクリックしてその応募内容を確認していく。
「都内在住の大学生よ。男性だわ。じゃ、早速電話で話してみましょうか。面接までいくかしら」
「美樹、身長と体重は必ず確認してね」
「わかってるわ」
美樹は緊張しながら電話をかける。募集内容には小柄な方希望として募集をかけた。美樹と由希の身長は160センチなので赤ちゃんになる方は150センチ以下と決めていた。洋服は赤ちゃん用なので余裕はあるが太りすぎも痩せすぎも遠慮してもらう方針だ。なによりも赤ちゃんの衣服はそのサイズしか作っていないので、必須事項として思い出しながら電話番号を押していく。
「もしもし、ミルキーアルバイトへの応募ありがとうごさいます」
美樹の緊張した最初の一言だった。そのまま電話のやりとりは続く。
「今までのアルバイト経験は大工に引っ越しに、それは体力がいるでしょう。ええ、それでは身長も体重も頼もしいのでしょうね。教えてくれますか」
美樹は顔を燻らせて聞いているが雲行きは怪しい。
「分りました。大変残念ですが、赤ちゃんのお洋服のサイズの関係で今回は難しいと思います」
美樹は失礼のないように電話を切ると、ホッとため息をついた。
「由樹、難しいわね。衣食住付きとアルバイト料が高いから応募してくれたけど、たくましいスポーツマンという感じね。とても無理だわ」
「美樹、最初の1人で決まるとは思わないで、かわいい赤ちゃんになってくれる人は慎重に選びましょうよ。ちょっとお茶しよう。紅茶でいいかしら。まだ朝の募集が始まったばかりだから」
最初の応募があってからは特に応募はなかった。以外に少ない応募にがっかりしながら2人はランチを楽しんでいた。定番の昼テレビ番組が終わるころ、何気なくノートPCを見ると応募のメールが来ていた。
「由樹、2人目が来たわ。電話してみるね」
由樹はゆっくり頷きながら電話の反応をみようとしている。
「もしもし、ミルキーアルバイトへの応募ありがとうごさいます」
しばらく相手の声に耳を傾ける。身長と体重や、今までのアルバイト経験などを聞いていて、今度は少しいい感触がある。
「そう、都内で1人暮らしで大学生活ですね。ところで今回の募集ですけど赤ちゃんの生活はできますか。赤ちゃんのお洋服を着てもらいますよ」
電話の相手はなにやら質問をしている。
「それは大丈夫です。さきほど身長と体重を聞いたのはそのためですから。そこは問題ありませんよ。でも赤ちゃんですからおむつも当てますよ」
その言葉が出た途端に電話の雰囲気は険悪になってきた。電話の相手はそこまでは考えていない様子だ。
「そうですか。残念ですけど今回はなかったということで。失礼します」
由樹と美樹は顔を見合わせて難しいわね、という顔で苦笑した。おむつをあてて赤ちゃんになってくれる人はアルバイトとはいえ、なかなか居ないということを実感した。夕方までに数件の応募があったが、身なりや電話での会話の雰囲気、そしておむつのことも確認すると皆そこで応募の要件はクリアできなかった。
「由樹、応募は皆男性だったけど条件的に無理だったわ。面接までいく人の応募もないわ。でも女性からの応募を歓迎したいわよね」
「そうよね、でも男性でもいいわよ。かわいい男の子なら童貞を奪っちゃおうか」
「美樹、それもいいけどまずは募集に耐えられる人を見つけないとね」
「まあね」
そのとき、メールの到着を知らせる、ポーン、という電子音が流れた。いちいち画面を見るのは面倒くさく感じた美樹が小さくを音で知らせるように設定を変えていた。
「きょうの最後の応募かな。メールはいつでもいいけど、電話で確認できる時間としてはこれが最後かな」
応募のメールを見ながら、美樹は目を見張った。
「由樹、今度は女性からよ」
美樹はそう言いながら既に電話番号を打っている。初めての女性からの応募に興奮と緊張が顔に滲み出ている。
「もしもし、ミルキーアルバイトへの応募ありがとうごさいます」
しばらく電話の会話が続く。女性同士の会話で今までの雰囲気とは違う会話があった。
「洋服のサイズは問題ないですね、え、あ、新品ですよ、まだ誰も着ていませんよ。今回は最初の募集ですので。でも、きちんと洗濯、除菌してきれいにしますよ。赤ちゃんの洋服ですからね」
さすがに女性の場合には、サイズはもちろんだが清潔さについてもきちんとしておく必要があることを美樹も由樹も感じた。そして肝心の質問へと続く。
「赤ちゃんですからおむつを当てますけど」
由樹はしばらく電話の相手の話しを聞いている。いい感触なのか、やっぱりだめなのか、女性同士の会話の結論が見えないまま続いている。
「そう、なら大丈夫ね。それと食事ですけどミルク中心で流動食よ。我慢できますか?え、そう、1泊2日なら全然問題ない。そう、よかった」
また、しばらく電話の会話が続く。今度はすこし笑いが入っていい雰囲気の会話が続く。
「わかったわ。じゃ、一度面談をしましょう。それで決めましょう。あなたは住所は町田でしたら新宿がいいかしらね。交通費はお支払いしますよ」
いい雰囲気のまま面談の日時と場所を決めて電話は終わった。由樹は期待した顔で美樹の顔を見る。
「由樹、いい感触よ。後は会ってお話をして決めましょう」
由樹はベビー服を作るのを止めると美樹の顔を見て微笑んだ。白一色のベビー服も一通り完成して後は着せてあげる赤ちゃんを待つばかりだ。

おとなの赤ちゃん返り
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