6.思わせぶり

「恵子さん。今日の夕飯は普通に食べましょうか。その代わりいろいろお話をしましょう」
「ええ、うれしいです」
「初めてのミルキーアルバイトを終えてから何か変化は起きなかったかしら」
恵子はいきなり自分の心の変化を知られたようでかまえてしまうが、この2人には話をしてみようかと思った。
「ええ、それが、初めてのアルバイトの最中は恥ずかしくって仕方無かったのですけど、家に帰ってからなにか赤ちゃんの生活が恋しくなってしまったのは確かです」
「そうなの。もちろんアルバイトで稼ぐお金にも魅力があるのでしょう」
「もちろんです。でもそれだけじゃなくてなんだか赤ちゃんのようになってしまいたいことが何度かあって」
「へえ、赤ちゃん返りしたのかしらね」
「赤ちゃん返りって?」
「ええ、小さな子供に2人目の赤ちゃんが誕生してママさんが、その赤ちゃんにかかりきりになっていると寂しくなって自分も赤ちゃんのようになってママさんに甘えたいというのが赤チャン返りですけど、それは大人にも起きるそうよ。恵子さんはそんな状態かしらね。恵子さんには今のような状況があったわけではないけれどアルバイトでも赤ちゃんの生活を経験したことで、その赤ちゃんの生活をすることが好きになってしまったのよ。もしかして自分でおむつを買って家でお漏らししたとかいう感じじゃないのかしら」
恵子は思わず真実を言われてびっくりするが、そこまでは素直には出来なかった。恵子は反論するように強い口調で話す。
「いえ、やっぱりアルバイトで稼ぎたいということです。それに考えてみれば赤ちゃんの生活は大人には恥ずかしいですけどもう一度我慢できたので、それを考えると楽なアルバイトだなって考えたんです」
「そうですか。アルバイトで稼ぐのはいいことよ。でも自分に合っていない仕事はできないものよね。初めてのアルバイトを無事にこなして2回目も応募してくれてこうして楽しい会話ができるのも恵子さんは赤ちゃんの生活が気にいってくれたということね」
「え、い、いえ。あくまでアルバイトとして割り切っています」
「分ったわよ。趣味と実益を兼ねて何かをするのが一番よ」
「趣味という訳では。。。」
恵子は本当の事を言われてそれを素直には受け入れた言葉を返すことができないが、由樹も美樹も分ったという風にその話は終わった。
「恵子さん、私たちわね、結婚して子作りにもずいぶん励んだのですけど赤ちゃんができないまま夫が事故で亡くなってしまってね。夫も双子だったのですけど、それが一度に同じ事故で2人とも死んでしまうなんて、人生というのは本当に分らないわ」
「それはお気の毒に」
恵子は由樹と美樹の過去を知って気の毒に思うが、それと今の生活の関係がよくわからない。
「子作りにはずいぶん励んだのでもう赤ちゃんは欲しくないの。夫との赤チャンなら欲しいけど死んでしまったからもう諦めたの。でも赤ちゃんのお世話はしてみたかったのよ。夫以外の男性にはもう興味はないし、夫以外の人と結婚して赤ちゃんを産むということも亡くなった夫に申し訳ないから。それに養子をもらおうという話もあったけど、父親がいない生活は子供にとっても不幸な面があるでしょ。それで、超短期間ですけど大人の方に赤ちゃんになってもらって短い時間を赤ちゃんの世話をするという方法を思いついたの。そして初めて応募してきてくれたのが恵子さんというわけね」
「そうだったんですか」
恵子はまだ結婚もしていないので夫のこととか子供のこととかもまだ真剣に考えたこともない。だが人生の経験者の1人としての生き方に納得もした。
「私でよければ赤ちゃんになります。もちろんアルバイトとしてですけど」
「なによ。改まって。もう初めての赤ちゃんを経験して、今回が2回目でしょ。大分慣れたという感じよ」
「私は結婚の事も子供の事もまだまだ先の事と思っていますけど、そういう感じも分ります」
「ありがとう。協力してね。楽しくすごしましょうよ」
由樹も美樹も恵子と心が通じ合ったような雰囲気を感じて心からの笑顔を振りまいた。釣られて恵子も慢心の笑みを出した。3人が見つめ合うとさらにフフフ、と笑える雰囲気になっていた。
「そうそう、恵子さん、結婚はまだ先とか言っていたけどもう第一歩は踏み出していかないとね」
「えー、だって彼氏もいないですよ。今までも好きな人はいたけど友達という感じで彼氏と呼べる状態になったこともないです」
「だったらなおさらよ。今は彼氏と呼べるような人と出会い、友達から一歩ずつずつ踏み出していくようなことがないと一生を一緒に過ごせるような彼氏とは出会えないわよ」
「そうかもしれませんけど」
「そうよ、いろいろ出会いがあってそして時間が経つにつれて、友達から少しずつ彼氏に近づくかもしれないし、時にはまた一歩後退ということもあるわよ。そうして本当に心が通えるようになったときに一線を越えるの。もちろん男性に先導してもらいたいけど、そうしう雰囲気を出してさりげなく誘うことも女性にとって大切なここと思うの。そういう男女のバランスが大事と思うわ。もちろん、世間には出会ってすぐに意気投合というカップルもいるようですけど、それはまれなケースよ。芸能人でもそういう風にして結婚した人たちは離婚率も高いんじゃない」
「そうですよね」
恵子は由樹と美樹の結婚感とか人生感に通じる話を聞いていると人生の先輩として素直に話しを聞けるようになっていた。
「だからね彼氏候補の友達を見つけるにしてもやっぱり同じ趣味があるとか同じ価値観がある人と進んで話してみることよね。すぐに付き合いとかいうレベルじゃなくて」
「そうだと思います」
「そ、よかった。じゃ、そういう男性を紹介しようかなって考えているのよ」
「え、それは」
「大丈夫。同じ価値観を持っている人よ。でももう少し時間をくださいね。恵子さんに紹介するのだから相手の意向も確認しないとね」
「お任せします」
恵子は今、彼氏が欲しいという気持ちはあるが、すぐには彼氏という風には成れないのだからいい人で価値観の同じ人を紹介しようという由樹と美樹の申し出をあえて断る理由はなかったので成り行きに任せることにした。
「あら、もうこんな時間だわ。お風呂に入ってくださいね」
「はい」
恵子は2回目で少し慣れたとはいえ、おむつにお漏らしをし続けた自分の体をきれいにしたかった。恵子は素直に頷いた。
夕飯は3人の人生観や彼氏のなどのおしゃべりで時間が思いのほか早く通り過ぎていた。

 

おとなの赤ちゃん返り
inserted by FC2 system