おむつは仕事よ

芥川 秀一


目次

人事異動
自らから実験
恋人に実験
おむつの企画

 

人事異動


「ねえ、ちょっと聞いてよ。ケンイチ。もう最低。なんで私がおむつ担当なのよ。もう頭に来ちゃう」
 水口由紀はこの業界では有名なT&G株式会社の企画部勤務であるが、春の人事異動でおむつの企画担当になってしまった。由紀は28歳。大学を卒業して早6年にもなるが、これまでは化粧品や生理用品などの企画を担当してきた。特にここ数年は自分の担当する製品は自分で企画し出来た試用品を自分で試していろいろアイディアを出して製品化をしてきたという自信を持っていた。それにも関わらず、今度は赤ちゃんや病人用、老人用のおむつの企画担当することになってしまった。
 由紀の恋人である健一はデ−トの最初からこの言葉を聞いて面食らっていた。
「おいおいどうした」
 健一は由紀のヒステリ−は経験していたが、今回はまた随分興奮していると思った。由紀と健一は大学時代からの恋人同士である。
 お互いの就職が決まってからより親密になりここ数年は会う度にセックスしていた。結婚はお互いが意識していたが、お互いに結婚のことを言い出す機会が無く、ずるずるとしていた時期であった。
「健一、今までは化粧品や生理用品など、自分でも試行錯誤して試作品を自分でも試して製品企画してきたでしょう。でも今度の人事異動でさ、おむつの企画担当になっちゃたのよ。もういや」
「いや、と言っても自分で引き受けたんだろ。やるしかないだろ」
「そうじゃないのよ。今までおむつの企画を担当していた中年のおばさんがいたの。でもここのところマンネリ化してたんでしょ。それに家庭の事情とかなんかで突然退職しちゃったのよ。その後任に大学卒業したばかりの女性を担当にすることはできないだろう、君、頼むよ、だってさ、あほ部長め」
 健一は事情がわかってきたが、それを理由に会社を辞めろとは言えない。
「由紀ならなんでも企画できるさ、今までもやってきたんだから」
健一は由紀を誉めて励ますが、由紀は納得する様子が無い。
「健一、あたしはさ、今までさ、自分の企画するものは何でも自分で試して、お客様になった気持ちで製品を試してきたのよ。でもね、おむつはそういうわけにはいかないでしょう。それが悔しいのよ」
 由紀は半場泣きながら健一に話してくる。
「今までのおむつの企画担当のそのおばさんだって自分でおむつを試したわけじゃないだろう。由紀だっていろいろ話しを聞きながら製品を企画していけばいいじゃないか」
由紀は健一のこの言葉に猛烈に反発した。
「健一は私のことよく知っているでしょう。私は自分で試してみないと企画できないタイプなのよ」
 健一はそれを理解した上で話したつもりだったが、よく理解してもらえなかったようだ。
「そうじゃなくて、その退職したおばさんだって自分でおむつを試して製品を企画したわけじゃないだろう。仕方ないじゃないか。話しを聞きながら企画をしていけばいいだろう」
由紀は涙を浮かべはじめた。そして健一に言った。
「健一は本当に私のことを理解しているの。私は何でも自分で試してみないとだめなのよ。でもおむつには抵抗があるし、どうしたらいいか迷っているのに本当に私のことを理解しているの?私のこと愛してるって言えるほど、理解している?」
健一は一瞬戸惑ったが、落ち着いてから半分冗談も交えて由紀にこう言った。会話が大分喧嘩のようになってきていたので、会話を面白くするためにも冗談が必要と判断した。
「わかった。由紀におむつを当ててあげるよ。赤ちゃんになった気分でおむつの感触を味わってそれを製品企画に役立てるといいよ」
 由紀も一瞬黙り、落ち着いてから健一の冗談が冗談でないようになった発言が出てきた。
「健一、私もおむつを試してみるよ。おむつと言っても女性の場合、生理のとき、最近では最高34cmもある生理用品まである時代なの。それを私も使ったことがあるけど、あの生理用品がもう少し大きくなったのがおむつでしょう。別に生理用品もおむつも変わらないと思うの。生理用品なら別に普通の女性で拒否反応はないと思うし、私もなんとも思わずに着けることができるわ」
 健一は由紀が冗談で言ったにも関わらず、素直におむつを当てることを自分から言い出したことにあっけに取られたが、由紀とセックスをするときでも生理の時は遠慮し、口のサ−ビスをお願いしていた。そのとき、どんな生理用品を由紀がしているかなど確認したこともなかった。
「男には理解できないな」
「そりゃそうでしょう。男性には生理はないし、ましてやタンポンやナプキンなんかを使う必要性がないし、興味もなくて当たり前よね。でもね、健一だから言うけど、女性は普通の健康な女性であれば月に1回はあれがくるでしょう。そうするとほぼ使うのよ。そうしないとパンティが汚れちゃうから」
 由紀はだんだん恥ずかしいそうなりながらも最後まで健一に話した。健一だからこそ、ここまで言えたのは言うまでもない。
「わかった、じゃ由紀におむつを当ててあげるよ」
「そうじゃないの。自分が生理のときに、ナプキンじゃなくて紙おむつを自分でつけてみるという意味よ」
 健一は由紀をもう少しからかってやろうと思って、もう少し突っ込んでみたい衝動に駆られた。というのもこの数カ月の間、由紀とのセックスにもメリハリがないというか、なんかマンネリ感を感じていたからだ。
「自分で企画するものは自分で試す。それが由紀の方針だろ。理解しているつもりだよ。だから、生理の時だけじゃなくて例えば今でも由紀におむつを当ててあげるから、そのおむつの中にお洩らしをしてごらんよ。そうすれば赤ちゃんがお漏らしをしたときにどういう風に感じて、どういうおむつがいいのか自分で判断できるし、新しい企画もできるだろう」
 由紀はさすがに次の言葉がでて来なかった。自分が言い出したこととはいえ、まさか、健一におむつを当てられ、そのおむつの中にお洩らしをするなんて考えもしなかったからだ。
「どう、いい考えだろう。由紀を愛しているからこそ、ここまで由紀にしてあげようと思うんだ。俺はいつでもいいよ。今でもいいしさ。早速、二人の赤ちゃん用ということで紙おむつを買いに行こう」
 健一は「一本取ったぞ、そして由紀を愛しているからこそ、由紀のためにおむつをあててあげる」ということで由紀への理解と愛情の証を証明することができたのだ。
由紀は自分から言い始めたこととは言え、健一から「おむつを当ててあげる」と言われてもそこまではしたくないという気持ちで一杯だった。恥ずかしさもあり、由紀は顔をうなだれて少し黙ってしまった。
 健一はここがチャンスと思った。マンネリ化したセックスにも刺激が欲しいため、そして由紀を愛している証を証明するためにも、さらに由紀自身が望んだことなのだ。由紀におむつをしてあげることをさらに畳かけた。
「由紀は自分からおむつを当ててその感触を試したいと言っておきながら、いざ、おむつを当ててあげるといったら、イヤ、という言う訳?由紀が望んだことをしてあげようとしているのにそれを断るのは俺を愛していない証拠じゃないの?」
 威勢の好い由紀も自分から言い出したことのため、しばらく考えていたが、とうとう健一に向かって言った。
「判ったわ、健一の言う通りよ。でもね、おむつを当てた側の意見も言ってくれる?大人におむつを当ててあげたときの当てる側の感想よ。こういうところが大変だったとか、こうなってるともっといいとか、建設的な意見を言ってくれることが条件よ。それならいいわよ」
 健一もだんだんこの話しに乗ってきた。そして調子が乗ってきた。
「おむつを当てた側の意見、感想としてレポ−トをA4用紙1枚ぐらいワ−プロしてあげようか。その中には今後の企画に役立つキ−ワ−ドが出てくるかもしれないよ」
「じゃ、いいわよ、A4用紙1枚のレポ−トだからね。約束だからね」
 由紀もだんだん焼けになりながらも、これでいい企画ができればという期待も出てきていたのも事実であった。
「早速、じゃ、由紀赤ちゃんのおむつを買いに行きましょう、かわいいかわいい由紀ちゃん、私がパパですよ、おむつを当ててあげますからね。オシッコもうんちもおむつの中にしていいんだよ」
 健一は真面目な顔をして由紀に言ってみた。由紀は一旦激しい顔つきになりながらもこう反論するのを忘れ無かった。
「健一、おむつを当てるだけだからね。それ以上は何もしないのよ。そして健一はおむつを当てる側として意見や感想をA4用紙1枚にまとめるのよ。それだけよ」
 由紀はここぞとばかり言い返したが、由紀が以外に簡単に承諾してしまったことに健一は落胆を感じながらも、由紀におむつを当ててやる期待にも胸が膨らんでいた。
「だめだよ、おむつを当てられる側だってレポ−トは必要だし、第一おむつのなかにお洩らしをしなかったら、赤ちゃんがお洩らしをしてどう感じるかも判らないじゃないか、由紀におむつを当ててあげるから、その中にお洩らしをしなさい」
 健一はここぞとばかりに由紀に畳みかけた。
 由紀は自業自得と思いながらも、自分から言い出したことが悪かったかな、と思っていた。しかし、おむつをすることはこうなってしまった以上仕方ないとしても、お洩らしまではするつもりはなかった。
「判ったわよ、健一、でもお洩らしまでは要らないわ。トイレでするから」
「だめだよ、おむつをする由紀ちゃんは赤ちゃんだから、お漏らしはおむつの中にするのですよ、判ったかい、由紀赤ちゃん」
「バカ、私は赤ちゃんじゃないのよ、あくまで良いおむつ製品を企画したいということですからね」
 健一は由紀が以外にも素直におむつを当てられることに納得したと思いながらも、さらに言ってみた。
「かわいいかわいい、由紀赤ちゃん、お洩らしすると大変だから、早速紙おむつを買いに行こう」
「健一のバカ!」
 由紀は恥ずかしいながらも自分がおむつの企画をなんとか立てられるような気持ちと自信が沸いてきてほっとしてきた。
「由紀、ところで、紙おむつってどこに行けば売っているか知っている?」
「知ってるわよ、それじゃ私たち、結婚はしていないけど、夫婦の設定ということで、赤ちゃん用のおむつを買いにいきましょう、レッツゴ−」
「赤ちゃん用おむつが由紀に合うわけ分けないでしょう。まずは、病人用か、老人用のおむつを由紀チャンに充ててあげるから。とにかく大きなス−パだったら置いてあるでしょう。体は大人なかわいいかわいい赤ちゃんの由紀ちゃん」
 由紀も考え直して健一の言うことが正しいと思った。
「おむつがどこで売っているか、それを把握するのも今回のおむつ製品企画の仕事のうちだわ」と思いながら健一の言うことにうなずいた。
 二人はデ−トの行き先としては久しぶりにディスカウントストアに行った。そこで、まずは赤ちゃん用の紙おむつ売り場を見ながら話し合った。それは結婚もしていない二人にとってはおかしな光景であるが、なぜか、赤ちゃん用の紙おむつについて「これはいいの、あれはよくないの」などと評価しながら話していた。一通り見た後、今度は大人がするための紙おむつ売り場を覗いて歩いた。そこには病人用の紙おむつというのはほとんど売っておらず、老人用の紙おむつばかりが目だった。
「老人用の紙おむつばかりね」と由紀はなにかがっかりしたような言葉を健一に言うでもなくぽつりと言った。
「成人用の紙おむつはないだろうな。あたりまえだよな、そんなもん売れるわけないから」
健一も変に納得したような口ぶりで言った。
二人は期待していないものの、由紀が紙おむつを試してみるのであれば大人用の病人用のものをなにげなく探していたのだ。やはりうら若き女性がいくら仕事とはいえ、紙おむつを試してみるのであれば老人用のものはやはり気が引ける。しかし、現実はやはり、そういうものしか売っていない。
「健一、老人用のものしかないね。そういうものなのかもしれないけど、サイズから判断すれば仕方ないか?」
「由紀の仕事の中に老人用のものも含まれているんだろ」
「それはそうだけど」
 由紀はいきなり老人用のおむつを充てて見ることに心理的に抵抗があった。まずはうら若き女性用の紙おむつ、それも骨折とかなんかでトイレに行けなくなった病人用のものから試してみようと思ったのだ。しかし、現実はやはり、そういうものは一般のディスカウントストアには見当たらないし、世の中には無いのかもしれない。
「健一、最初はまず、病人用ということで、病院の売店にでも行ってみようか?」
「ああ、いいよ。由紀におむつを当ててあげるのに、最初から老人用というのは俺もきが引けるよ、はは」
「健一のバカ!」
 二人は今いるディスカウントストアに一番近くてなるべく大きな病院を探すための会話を始めた。
「地理的にはA病院が一番近いけど、あそこはそれほど大きな病院ではないから、少し遠くても、きれいで、大きくて立派なB病院なら病人用の紙おむつも売っているだろう」
 ところが、大きなB病院でもうら若き由紀に合うようなおむつは販売されていなかった。 まさか店員に聞くこともできず、店頭になかったことであきらめ気分になっていた。
 しかし、考えてみればうら若き女性用のおむつなどそう売れるわけではないのだからないのも当然なのかもしれない。二人が行った病院が普通なのか、それとも、たまたまそういうものは販売していない病院なのか由紀は自分のマ−ケティングの考えにも自信を失いつつあったが、1件の大きな病院を見れば大体想像もつく由紀であった。
「由紀、別の病院にでも行ってみるか。ここにはないよ」
健一は由紀におむつを当ててみたい衝動がだんだん強くなってきてやけになって言ってみた。
「健一、この大きな病院でないんだから、どこの大きな病院へ行っても同じよ」
「そうかな、もう一つA病院へでもいってみようよ」
「いいえ、時間の無駄よ。いろいろ病院を回ってみることは大事なこととは思うけど、今回の目的にあったものはないわ。ないと信じるわ、これ以上は時間の無駄よ」
「折角、由紀の仕事の手伝いをしてあげようとしているのに、そういう言い型はないだろ」
「これは私の感よ、そうね、私のサイズに合うようなものを買って今日の病院めぐりは終わりにしましょうよ、私の母がするということで買いますからね」
 由紀は大胆にも、自分のサイズに合うような老人用で女性用のものを無口になって一人で選ぶとさっと一人でレジに向かって行った。
「待ってくれよ」
 健一はさっさとひとりで選んで決めて行ってしまう由紀にあっけを取られながらも由紀を追いかけていった。
「サイズはいいのがあったのかい?」
 由紀は答えず、レジの人にお金を支払って行こうとする。
 レジを通りすぎ、人気の無いところまで一気に歩いた由紀は、いきなり降り返り健一を睨み付けた。
「健一、ただでさえ、こういうものを買うのに恥ずかしいのにいちいちいろいろ話しかけないでよ」
「だって由紀のおむつ仕事を手伝うためにこうして病院まで来ていろいろ相談しているのに、そういう言い型はないだろ」
「そうじゃなくて、実際にこういうものを買う乙女の気持ちを考えてみて、と言っているの、もう鈍感なんだから、健一は!」
 健一はそこまで言われて俺が買ってやれば良かったとも思いたかったが、おむつを買う勇気があったかというと自信もなく、健一も黙ってしまった。
 

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