発覚

芥川秀一


「和夫、今何時だと思っているの」

和夫は朝帰りをした。今は土曜日の朝十時だ。新妻のメアリが怒っているとはわかりつつ電話の連絡もしないで朝帰りになってしまった。ホテルを出る前に携帯から電話することもできたが、昨夜の情事の余韻、これは最初で最後のためかその感情に高ぶりメアリのことを忘れてしまった。

昨夜は同じ職場の美奈子のお別れ会だった。2次会の後2人だけになり美奈子が少し酔ったみたいなので横になりたいと言い出し、ラブホテルに行った。ラブホテルに横にさせた後、和夫は自宅に帰る予定だったが、美奈子がもう少しここに居てと泣きつかれそのまま男と女の関係になってしまった。
美奈子は会社を辞めて田舎に帰り見合いをした相手と結婚の予定だ。その割り切れない見合い結婚の前に以前から好きだった和夫と一線を越したかった。

「メアリ、ごめん、つい電話をかけるタイミングがなくて」

「シャラップ。連絡もなくて一夜を留守にするなんて最低」

「話してあったように会社の同僚のお別れ会で2次会で帰ろうと思ったんだけど、その後もう1件と誘われて後はその同僚の家で一晩寝たんだ」

「同僚って誰ですか」

メアリは事情を聞きだしつつ、かなり怒っている顔を隠さない。

「うん、あのよく話をしているだろ。相沢だよ」

和夫はメアリに恐る恐る言う。相沢は家に連れてきたことがある同僚だし、よく食事の招待もしていたので住所も電話番号も知っている仲だ。和夫はメアリの顔を伺いつつ着替えを始めた。メアリはそれを聞くとすっと奥の部屋に消えた。和夫はそのまま着替えをしていると何か話し声が聞こえる。

「昨日は奥さんと2人だけで外食をされて。そうですか、うらやましいですね。わかりました。サンキュウ。お休みのところすいませんでした。また今度食事会をしましょうね。それでは失礼します」

和夫は「やばい」と思ったが何もできずに、メアリが血相を変えて戻ってきたのが早かった。

「ヘイ、和夫、昨日はどこに泊まった、何をしていた?昨日の夜、相沢さんは奥さんと外食して家に戻ったよ。どうしてうそをつくの。何か隠しているね。無断外泊するわ、うそをつくわじゃ、和夫の信頼とか愛も無くなっちゃうよ」

「いや、昨日は本当に酔ってさ、あまり覚えていないんだよ」

「うそ、今日の朝はどこで目が覚めた位わかっているでしょ」

そう、言われると和夫は一言も返せない。メアリとは結婚して3年になる。子供はまだできずメアリは催促して毎晩のように求めてくるが、それに嫌気が少し出ていたのもあった。

そしてこの3年の間にメアリがこれほど怒ったことも無い。

「日本人は会社の関係でいろいろあるから、大丈夫だよ」

「シャラップ、さっきは友達と一緒とうそをつき、今度は会社を理由にするわけ?」

和夫はそのまま、日本男児としての威厳を見せるための口実を探したがいい案が浮かばない。

そのとき、メアリが和夫の脱ぎ捨てたスーツを取り上げ、クローゼットに入れようとした。メアリは「カサッ」という音に疑問を持ち胸ポケットの中に手を入れ1枚の紙を出した。そこにはラブホテルの領収書と次回のカップル用の割引件があった。メアリの顔がみるみる変わった。

「これは何、ラブホテルの領収書じゃない。浮気したね、和夫は、もう離婚ね。私イギリスに帰る。昨日の日付じゃない。誰と泊まったの。ラブホテルには女性と泊まるもんだよね」

「それは。実は終電に間に合わなくて、タクシーも捕まらないし」

和夫は必死に言い訳を考えながら言うがとてもぎこちない。さっきは友達の家に泊まったことにし、そして次に会社の用事といい、今度はタクシーが捕まらない、では相当やばい。

「和夫はこれで3つ目の言い訳だよ。もう信じられないね」

「浮気はしてないよ。メアリー」

とは言うものの迫力が無い。そんな和夫を見てメアリは和夫の浮気を確信していた。メアリはどうしてよいものか、和夫の顔をじっと見つめる。
「本当はホテルに泊まったんでしょ」

「そう、ビジネスホテルは皆閉まっていたから」

「タクシー代のほうが安いでしょ」

「安いとも言えないけど、なにせタクシーが捕まらなくて」

メアリーは和夫がラブホテルに一泊したことを確認した。そしてここは優しく言えば和夫も素直に認めるはずと思い優しく問いただすことにした。メアリーは心から怒っていたが、冷静に、冷静にと自分に言い聞かせた。

「和夫、もう怒るのは止めるよ。だから私はね事実を知りたいの。今後の人生も和夫と一緒にやっていきたいから、だから和夫のこと、全て知りたいの。ね、わかってくれる」

和夫はメアリが落ち着きを取り戻したことにほっとした。できるならこのまま怒りが収まってくれと念じながら、和夫はメアリの顔を見た。

「ラブホテルに泊まったのは事実だよ、でも、それだけのことだよ」

メアリは黙ってそして優しく和夫の顔を見つめている。

「メアリ、俺のことを信じてくれ。君のことを一番愛してる」

「一番?二番目が居るの?」
「そういう意味ではなくてさ。君だけを最高に愛してる」

女、特に外人はこの言葉に弱い。和夫は必死に何回かこの言葉優しく繰り返した。メアリはこの言葉を聴きながらさっきの和夫の上着をもう一度取り上げ、クローゼットに入れようとした。さきほどは内ポケットから「カサッ」という音とともにラブホテルの領収書が見つかったが、もうなにも無いことを確認するために両脇のポケットをさぐる。右のポケットからはたばこと百円ライタ。左のポケットからは花柄のかわいいハンカチが出てきた。

「和夫!、これはいったい何?」

メアリの剣幕はさっき以上にすごい。顔にしわを寄せ、目に涙を浮かべながら和夫を睨み付けた。

そのハンカチは美奈子の最後の和夫への愛着だった。別に和夫の家庭を崩壊させるとか、メアリへの嫌がらせでもなかった。別れてしまう和夫に自分のものを持っていてほしいという女心から美奈子は自分のハンカチを和夫の上着のポケットに忍ばせただけだ。

「そ、それは」和夫の頭はパニックに陥った。美奈子がこんなことをしていたなんて想像もしていなかった。

「和夫、これは女性のハンカチーフね。昨日はその人と泊まったのね」

「美奈子のいたずらだよ」

「そう、美奈子さんと一緒にお泊りしたのね」

「あ、いや違う」

とうとう、美奈子の名前を出してしまった。パニックになった弾みで和夫は名前を出してしまった。そして次にどう言おうかなど考える余裕がなく、メアリの落ちついた誘導にはまってしまった。

「その人にこのハンカチーフを返しましょうね。きれいに洗濯してアイロンをかけて和夫に返すから」

「いいよ、もう別れたんだから、あいつはもう田舎に帰って結婚だ、あ。」

とうとう、和夫は自分の浮気を認めた発言をしてしまった。言ってから和夫は気づいたがもう遅い。何食わぬ顔でそっとメアリの顔を覗く。

「和夫、昨日はその人と一緒ね」

「もう、別れたんだから」

「わかった、浮気をした訳ね」

和夫は答えることができないが、少しの沈黙がそうであることを認めていた。さっき言ってしまったことは和夫が浮気を認めたことは間違いない。

「ごめんね、もうしないから、ね、メアリ。君を一番愛してる」

今度はメアリが何も言わない。そしてまたメアリが奥の部屋に消えると英語の早口で電話で話している。ネィティブなそして感情が高ぶったメアリの英語はぜんぜん聞き取れない。しばらくするとメアリーは和夫の方に向かって大声で言った。
「友達のジーンの所に行ってくる」

そういうとメアリは化粧もせずに家から出て行ってしまった。
 

大人の赤ちゃん返り
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