3つの罰

芥川秀一

「ハーイ、ジーン」

「ハイ、メアリー」

ジーンはメアリと同じく、日本人男性と結婚して日本に住んでいる。メアリが日本に着た時からの親友だ。メアリは出してくれたコーヒーを一口啜ると一気に話し始めた。真剣に聞いていたジーンも途中からは人事とは思えないように同情もして、そして励ましながらメアリの話を聞いていた。ジーンの夫は今日は仕事でいない。メアリは30分も話すと少し落ち着いたのか、冷めたコーヒーを飲み干した。
「ギャー、ギャー」

話すのが終わったと同時に奥の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

「ハイ、ジョーンズ、どうしたのかな」

ジョーンズの布団を捲ると、プーンとうんちの匂いがした。

「あ、ウンチね。じゃ、きれいきれいしましょうね」

ジーンには3ケ月の赤ちゃんがいる。赤ちゃんがいないメアリは、微笑みながら赤ちゃんの顔を見ている。

「少しおむつ被れができていますね。早くおむつが外れるといいね。おむつをいつまでもしていると、おむつ被れになって女の子にモテナイよ。大きくなってもおむつしていたら女の子に嫌われちゃうよ。だからはやくおむつを卒業しようね」

3カ月の赤ちゃんにそういうことを言っても無理なことだが、ジーンはそう話しながらジョーンズのおむつを替えていく。これを聞いたメアリは和夫におむつをさせる罰を思いついた。お漏らしをさせてオムツ被れができれば女性と浮気はできないだろうとひそかに考えた。おむつ被れにならなくてもおむつをしているだけでも、女性とホテルに行く気持ちにはならないだろうと。
「ジーン、少し落ち着いたよ。和夫ともう一度話してみる」

「そうだね。それがいいよ」

メアリは赤ちゃんを抱いてあやしてあげると、そうそうに帰ると言い出した。

「ランチ一緒に食べようよ」

「ノー、用事を思い出したし、和夫のランチの支度もしていないから」

メアリはさっき思いついた和夫へのおむつを当てる罰のことで頭が一杯だった。その準備とランチの買い物をして帰ればお昼頃には帰れる。メアリは、今度はゆっくり遊びに来ることを約束すると、足早に駅に向かった。

和夫と住むマンションまでは電車で3駅だ。駅からも歩いて数分の距離だ。メアリは駅前のスーパーに入ると男性用の股式の紙おむつとお昼用の生ラーメンを購入するとマンションに急いだ。

「和夫、和夫の好きな生ラーメンの味噌を買ってきたよ」

思いもかけないメアリの明るいいつもの声に和夫はほっとする。メアリがマンションを出て行ってから和夫は何も手が付かなかったのだ。しかし、いつものように美味しい味噌ラーメンを食べていると何もなかったように感じてしまうが、いつものような会話がない。
「御馳走様、おいしかったよ」

「ええ、そうね、御馳走様」

メアリはラーメンのどんぶりを下げてテーブルをきれいにすると、改まって椅子に座って和夫の顔を見る。和夫はついに何か言われるとびくびくしている。

 

 「和也、あなたは浮気をしたよね。だから罰をうけなきゃいけないね」

「罰?どんな罰?」

「ということは罰を受けるのね」

「もちろんだよ、どんな罰でも受けるから」

「そう、じゃ、まず毎月のお小遣いを減らそうね」

「わかった、いいよ」

和夫は正直ほっとした。どんな罰を言ってくるのかと思っていたら、拍子抜けの感じでもある。メアリは、ニヤっ、と笑うと第一段階クリアというような顔付きで微笑んでいる。和夫は今の毎月の小遣いに不満はある。もうすこし増やしてほしいと思う。だが、今はそんなことは言っていられない。たとえ、ゼロになってもメアリとの関係は維持したいと思う。そこにメアリの言葉が聞こえてくる。

 「和夫、小遣い半額ね」

「半額!」

和夫は覚悟をしていた、小遣いゼロも覚悟にしていたので少し安心をした。それで、今回の浮気を許してくれるのなら、安いものだとおもった。

「和夫、あなたにもいろいろ同僚どの付き合いもあるだろうし、お金は必要と思う。だから半分で我慢してちょうだい」

「ああ、わかったよ」

「グッド」

和夫はこれで浮気の罰が終わるのなら、これでいい、と自分を納得させる。が、メアリは薄気味悪い顔で和夫を見ている。じっと和夫の目を見て目を逸らさない。

「和夫、エコノミーな罰の次は体罰ね」

「体罰?」

「そうよ、和夫、やはり、体に響く罰を感じないと人間は同じあやまちを繰り返すのものなのよ」

「体罰っていっても。。。」

和夫はメアリがどんな体に与える罰を考えているかわからない。今までのメアリとの付き合いでそんなことを聞いたのは初めてだ。

「和夫、口をしっかり閉じていてくれる。私が往復ピンタをするから。そのピンタに耐えるのよ。いい?」

「わかった。いいよ」

和夫はピンタくらいは大丈夫と思う。男がぶん殴るような体罰ではなく、女性のピンタなら進んで受けてもいいと思う」

「準備は?いい」

和夫は口を閉じると、メアリを見つめていた目を閉じる。次の瞬間のピシ・パシ、と和夫のほっぺたに衝撃が走った。正直痛かったが、我慢できる範囲だ。だが、女性からの往復ピンタはやはり気が滅入るものがある。

「和夫、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

パシ、という音がすると同時に和夫の頬は赤くなっていた。

和夫は屈辱を味わいながらも、メアリの往復ピンタの感触をかみ締める。メアリはかなり心配してくれているのがわかるだが、ここで大上段に構えてはいけない。和夫は仲直りをしようとして、メアリの手を握る。そして、メアリが拒否しないことを判断すると、メアリの腰に手を回し、引き寄せようとした。が次の瞬間、和夫は冷たい言葉を浴びせられた。

「ドント、タッチ、ミー、私に触らないで」

和夫は今までの小さな喧嘩であれば、まずは誤って心を開けば、許してくれ、スキンシップをすればもう、何もなかったように喧嘩が収まってきたことを思いだしていた。が、今回は大分状況が違うようだ。

「和夫、小遣いを減らす、最初の罰はエコノミーな経済的な罰ね、次は往復ピンタのよる体罰ね、でも、まだ、罰は不十分です。不足しています。」

「まだ、罰がいるのか?」

「そうよ、あの芸能人も夜中にお酒に酔って丸裸になれば、逮捕よ。テレビでひたすら謝って、心理的にも、経済的にも社会的にも大きな制裁を受けたのよ。あそこまでやる必要はないわよ、という多くの意見に私も多少は賛成するけど、いいお仕置きだったと思うわよ。和夫にはまだ、お仕置きが不足していると思うわ」

「メアリ、俺だって、小遣い減らされた経済的お仕置きや往復ピンタの体罰だろう、もう許してくれ」

「いいえ、再発防止と予防のための3つ目の心理的な罰が必要と思うわ」

 「心理的?心理的にはもう十分にお仕置きを受けたよ。経済的な罰と体罰の2つの罰でもう心は十分なお仕置き状態だよ」

「和夫、罰とお仕置きと制裁とか、いろいろな日本語は混ざっているけど、同じことよね」

「ああ、罰だと、法律的に違反したことへの報いというイメージがあって、お仕置きというと、言うことを聞かない子供に罰を与えることをイメージがあるね。そして制裁も罰なのだけど、複数の人からの見える形や見えない形での罰を象徴するイメージがあるね」

「難しいことはわからないけど、和夫にはもうひとつのお仕置きをあげますから。それは今後の浮気を予防・防止できることだから」

「ああ、いいよ、メアリ、予防できることなら進んで受けるよ。そのお仕置きを」

「グッド」

「でも、どんなお仕置きなの?」

なぜか二人の会話に罰という言葉より、お仕置きという言葉が使われるようになっていた。それは、心理的な罰というニュアンスからも、これからメアリが説明しようとしている内容からもお仕置きという言葉のほうがふさわしかった。

「和夫、これからの浮気を予防するためにね、和夫はオムツを当ててください」

「オムツ?ってあの赤ちゃんが当てるオムツ?」

「そうです」

「なぜ、オムツがお仕置きなのですか?なぜ浮気の予防になるのですか?」

和夫は考えられない内容かtら、いつの間にか話し方が外人風になっていた。

「おむつを当てている人とはセックスしたいと思わないでしょう。それにおむつを当ててお漏らしをするの。するとおしりはおむつかぶれになって赤くなるでしょう。そういう状態では浮気できないし、相手のひとも逃げて行くでしょう」

おむつを当ててお漏らしをすると言う。健康な日常生活を営んでいる人には無縁な内容を聞かされると、和夫にはイメージが沸かない。何も知らない産な赤ん坊は無意識のうちにおむつを当てられ、お漏らしをする。そしておなかが空けば泣いてミルクを飲み、おなかが一杯になって眠くなればただ寝てしまう。そんな赤ちゃんと同じことができるのだろうか。想像しても想像しきれない世界だった。
「どう、和夫、いいお仕置きでしょう?」
そう言われても和夫は返事ができない。返事ができないまま、メアリの顔を上目がてらに覗きこむように覗ってみる。だが、メアリは勝ち誇ったように和夫の顔を見下して、和夫がじっと見ている大きな目と睨みあう。そして口は黙って返事を待っていて、催促を促していた。
「和夫、どう、この3つ目のお仕置きも受けるわよね」
「それで、許してくれるか?」
「和夫、まず、お仕置きを受けて、反省して、浮気をしないことの実績が作ることよ。許すのはそれからよ」
「も、もし、おむつはいやだと言ったら。。。」
「それは、まだ、浮気を今後もします、ということだから、もう、別れましょう」
「そ、そんな、メアリー。信じてくれよ」
「もう、信じられないから、お仕置きすると言っているのよ」
少しの沈黙が流れていた。和夫はメアリとは正直別れたくない。こういう事態に外人は気性が激しく、日本人女性とは大きく違うというのは再認識したが、国際結婚の壁も乗り越えてきたし、ここで、メアリーは失いたくない。小遣いの半額や往復ピンタの体罰も進んで受けたいし受けた。だが、おむつを当て、お漏らしとなると躊躇する。そんなことをメアリーは本当に実行しようとしているのか、信じられない気持だ。
和夫はふと、あることを思う。メアリーをここで急に抱きしめてキスをしてやる。女性は意外と抱擁と熱いキスに弱いものだ。抱擁しながら、もう、浮気はしないからと耳元で温かい息をかけながらゆっくり話せばメアリーの気持ちも安らぐかもしれない。実際に過去もそういうことが何度かあったし、それでかなり許してくれたこともあった。和夫は決心すると、「メアリー」とやさしい口調で言いながら、右手をメアリーの腰の方に伸ばそうとする。
メアリーは、それを察してか鋭い反応を見せた。
「ドタミ」
メアリーはそう言うと、近寄ってきた和夫の手を一杯はねのけた。
「痛いよ、メアリー。ところで、ドタミってどういうこと?」
和夫はメアリーからの直々の英語レッスンで上達していると思いつつ、時々は全然聞き取れない英語に遭遇する。
「ドント・タッチ・ミー」
和夫はメアリーのゆっくりした発音にようやく意味を理解した。が、同時にメアリーはそれを日本語に訳した。
「私に触らないで」
和夫は、メアリーの怒りが尋常でないと感じた。ここは、メアリーの言う通りにしないと、本当に離婚になってしまうかもしれない。メアリーとの結婚生活もようやく1年を超えたが、そのくらいの期間ではメアリーを失いたくない。いや、本当に生涯を共にしようと考えているのだから、ここは何とか円満に解決したい。だが、メアリーを抱きしめて説得する方法もドタミで一瞬で消えた。和夫はオムツを当てる覚悟をしようと思う。
「メアリー、わかったよ。言う通りにするよ」
「グッド」
メアリーはドタミと言った怒った顔から、急に明るい顔になると、現実的な言葉調子で話しを進めてくる。
「和夫、今日、早速紙おむつを買ってきたよ。だから、今、すぐにおむつを当ててあげる。さ、ズボンとトランクスを脱いで、おむつを当ててあげるから」
「そ、そんな、こんな明るい場所で、すっぽんぽんになるの?」
「当たり前じゃないの。明るい場所でないとおむつを当ててあげられないし、お漏らしをしたお尻をきれいにしてあげられないでしょう。大丈夫よ、少しでもおむつ被れになりにくいようにシッカロールもたっぷり付けてあげるわよ。そして紙おむつをあててあげるから」
「メアリ、だって大事なあそこも、あっちの穴も明るい場所で見られるのは恥ずかしいよ」
「和夫、あなたのあそこもアヌスもじっくり見てあげるわ。そしてシッカロールもたっぷり付けてあげるわ。私の視線も罰の一部よ。わかつたら、早くズボンを脱いで頂戴」
和夫はまだ躊躇していた。メアリーの本気度はわかったつもりだが、踏ん切りがつかない。メアリーも、もうこれ以上おむつの罰を受けないのなら、別れる覚悟もできていた。しかし、メアリーには、和夫とのベビーができてからの予行演習の気持ちもあったのだ。メアリーは正直なにも知らない初な赤ん坊を一から育てる自信がなかった。数時毎におむつを替えて、ミルクを飲ませ、寝かせてはあやしての連続に耐えられるかの自信がなかった。もちろん、そんな時間の合間に見せる赤ちゃんの頬笑みはそんな疲れを吹っ飛ばしてくれるほどのものと信じている。だが、そんな育児に耐えられるかに自信がなかったのだ。だから、メアリーは和夫を赤ちゃんに見立てて。おむつの世話をしミルクを飲ませるなどして、来るべき赤ちゃんの育児生活への練習がしたかったのだ。だか、そのことを和夫を素直に話をする元気は和夫の浮気によって消えてしまっていた。もし、和夫が素直におむつの罰を受けてくれるなら、メアリも育児の練習ということを話したかった。だが、そういういい方向には簡単にはいくはずがなかった。
「メアリー、本当にもう浮気はしないから、おむつは許してくれ」
「和夫、まずは、罰をうけることよ。そして、浮気をしていないと実証できたら、許してあげるわよ。でも、おむつの罰を受けないのら、もう別れましょう。明日にでも私はイギリスの実家に帰ります」
和夫は目を閉じて考える。そう、メアリーとの結婚の許しを得るために、イギリスのロンドンへ初めて行ったときのことが思い出される。自己紹介の挨拶を終え、メアリーとの結婚の許しを得る前に、メアリーの父親はすごいことを和夫を言ったのだった。
「和夫さん、ロンドンにはこの大きな総合病院があるし、ビートルズで有名なリバプールには、イギリスでも著名な精神科の病院を経営している。もし、メアリーも悲しませるようなことがあれば、和夫をリバプールの精神科に入院させてやる。精神科のベッドでは和夫にナピー(おむつ)を当てて、ベッドにロープでつなぎ止めて、動けなくしてやるからな。大丈夫、食事も水も与えるが、ナピーをしたまま、べッドから動けなくしてやるさ。それが重病な精神異常者への治療であることも法律で認められているからな。俺ならできるから、そういうことが」
それを聞いた和夫は本当に青ざめたものだった。そんなことを思いだしていた。もっとも、その次の瞬間にメアリーから、それはジョークよ、と言われ、家族みんなで大笑いをした覚えがある。だが、本当は、実際に起こりえる冗談ではないのか、と後で、なんどかすごく心配になったことがあった。そんな過去の心配が今になって蘇ってくる。
和夫はその恐怖心から、メアリーに何度か確かめたことがあったが、メアリーは、父のジョークだし、私たち子供たちもそうやってしつけられてきたの。でもそんなことを実行したことはなかったことを何回か確認してことがあった。父の口癖であることも教えられたし、気に食わないやつには、そういうこと話して威厳を放っていたという話を聞いたことがある。そんな父親譲りの言葉なのだろうか。メアリーにもそういう威厳を感じてしまう。
「和夫、もうタイムリミットね。ここに早速買ってきた紙おむつがあるの。おむつを当てるの、当てないの」
「メアリー」
和夫は最後の頼みとばかりにメアリーの顔を笑顔で見つめるが、メアリーは冷たい視線を和夫を返すだけだった。
「わかったよ。言う通りにするよ」
和夫は半分焼けぐそだったが、素直に罰を受けることにした。メアリーは、ニヤ、と笑うと、グッド、と言って和夫の顔を見下すのだった。
 

大人の赤ちゃん返り
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