リストラだ、私は赤ちゃんになりたい

出会い

前に私が通っていたスナックにひさびさに行ってみた。安い居酒屋で焼酎と肴をあおり、ほろよい気分でもう一軒という感じだった。いつものように軽くこんばんはと言って店に入った。

「いらっしゃい」と懐かしく響く声でママが出迎えてくれた。

「元気?かずおちゃん?今日は一人?」と立て続けに話しかけられ、和夫は一瞬黙ってしまった。店には1人も客がいない。いつも座っていた席に座り、たばこに火をつけた。

「今日は私の貸しきり?」冗談半分で言ってみたが、今度はママが黙ってしまった。

「ごめん、今日は一人で少し飲んできて、ここに来たらママと二人きりなんて胸がどきどきしてしまってさ」和夫は必死に繕った。そこはやはり客商売のママで機嫌が直るのも早い。「そうよ、最近なかなか現れないから貸しきりで待っていたのよ。この時間でお客さんが他にもこないから今日は本当に貸しきりで二人で飲もうか?」ママは以外にも和夫の調子に合わせてくれたが、真意がこもっていて、店の外を見に行った。

今日は人通りも少ないし、景気も悪いし、おなじみさんの数も減ったのか、本当に店の外の後始末を終えて、貸しきり状態になってしまった。「かずおちゃん、本当に今日のお店はおしまいにするけど、私と飲んでくれる?」

ママは以外な言葉を出して私の席の隣に座った。和夫には、やけの気持ちがあったように、ママにもなにかあったのだろうか。息が合って一緒に飲もうということになった。この店のママ、光江は30歳だ。過去のことは一切知らないがお互いを知るにはいい機会だと和夫は思った。光江は小柄できれいというよりかわいいというタイプの女性である。女としての魅力は十分にあるし、好きなタイプでもあるが、29歳の和夫にはやはり水商売の女性とは一線をおきたいという先入観の気持ちがあった。お遊びならよいが、年下の金無しのサラリーマンには気が無いだろうと思っていた。だから、軽く楽しく飲んで、リストラのことなど忘れさせてくれればいいと思った。

一方、光江は不況のせいか、本当に店の客数がここ数カ月少なく、過去のお客のことを思いつつ、暇を持て余していた。そして過去のある出来事からあかちゃんが欲しいという気持ちが高ぶっていた。しかし、結婚はするつもりは全くなかったし、孤児を引き取るような気持ちも無い。ましてや、今最先端の子宮外妊娠のようなことも論外であった。

ではどのようなあかちゃんが欲しいのかと言うとそれがボヤーとしている。そんな日々が続いていたのだ。

ビールから始まり、ウィスキーの水割りも3杯目くらいまではなんだかんだとくだらない話しで、時間が過ぎていった。お互いに和夫はリストラのこと、光江は店のことそしてあかちゃんが欲しいという漠然とした気持ちがあったが、そのことにはお互いに近寄らなかった。お互いの過去の差し障りないこと、初恋のこととか、勉強できたかどうかなど位がお互いの過去の話題だった。それでも結構な時間が過ぎ、十分お互いを理解したわけでもないが、いわゆる男と女の関係に近い雰囲気になっていたことは事実であった。

和夫もこのところ、女を抱いていないし、光江も数年男とは関係を結んでいない。

和夫はリストラのことを話してやさしい言葉をかけてほしいという気持ちがこのような雰囲気の中でだんだん大きくなっていた。光江は和夫の中のなにか、いつもと違う暗さがあることにずっと不信を持って話してきたが、お互い酔った環境の中でとうとう光江は切り出した。

「かずおチャン、なにかあったの?なにかいつもと違うし。。。」そのとき、和夫は急に光江を抱きしめた。「いや、そういう気持ちは無いのよ」と光江は和夫を突き放した。

「ごめん、ここのところやり切れない気持ちが続いていてさ」「そう」といって光江もしばらく黙ってしまった。和夫も元気のあるときで、このような状況であれば、もっと光江をくどいて抱くところまでいっただろう。しかし、今日はそんな気持ちになれない。光江からの何があったのという質問を恐れるように、和夫は言った。

「今日は楽しかった。帰るよ、また来るね」光江は黙っていた。和夫は光江がまださっきのことを怒っていると思い、「さっきは本当にごめん。誤るよ」と言った。光江は急に何かを思ったように和夫に近づいた。

「かずおちゃん、何か辛いことがあったのでしょう。私でよかったら。今日は泊まっていって。終電もそろそろ無くなるし」

和夫は光江を抱きしめた。「待って」。

今度は突き放しはしなかったが、光江は恐る恐る小さな声で言った。

「私のお願いも聞いてくれる?」光江は和夫の顔を真剣に見つめていった。

「お願いって何?」和夫は尋ねるが光江は答えない。和夫は光江を抱きしめキスをした。舌をいれようとすると、光江は唇を離しもう一度言った。

「私のお願い聞いてくれる?」和夫は女を目の前にしていささか、動転はしていたが、女は怖いものという先入観も忘れてはいない。どんなお願いかを言わない光江を抱きしめながら、和夫は言った。

「結婚は考えていない、金は無い、法律に反することはできないよ、でもそのほかのことだったら、なんでもしてあげるよ」

光江も抱きしめられながら言った。

「私もばつ一だから、結婚はしません、お金は最近不景気だけどこの店があるから。それから法律に反する泥棒とか殺人とかそんな社会に反することは考えていないわよ、ただ、恥ずかしいから。。。」「わかった、わかった、なんでもしてあげるよ」

そして、二人は寝室へ向かっていった。(続く)

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