買い物

(リストラだ、私は赤ちゃんになりたい)

翌朝、和夫はひさびさにぐっすり眠ることができたのか、昼近くになって目をさました。
光江は店の掃除をしているようだ。今日は土曜日だ。店はたしか休みだと思うがなどと考えながら店のほうに向かった。
「おはよう、よく眠れた?」
いつものように光江の明るい声が返ってきた。
「今日は土曜日だからお店はお休みなの、今お昼ご飯の支度をします。お昼を食べたら出かけましょう」光江は昼ご飯の支度にかかった。
「今日は土曜日だから家には帰らなくてもいいでしょう、私のお願いのために、これから出かけましょう」
そこで、和夫は昨日のことを思いだした。
「お願いって何?」
「恥ずかしい、買い物に出かけて帰ってきてからにしましょう」
2人は買い物に出かけた。
最初に行った店は布地の専門の店であった。1階から4階まである布地専門の店で、和夫には興味が無い布地、ボタン、チャックなど関係する製品が山と売られていた。
「かずおちゃんにはどんなものが似合うかな?」
「俺の洋服を作ってくれるの?」
「そうよ、今までに着たことの無いものを着せてあげるわ、買い物したものの荷物持ちをお願いね。あ、そうそう赤ちゃんの時には着ていたわね」
「はいはい、でも洋服にはあまり興味が無いから1階の外でタバコでも吸っている」
「いいわよ、でも30分位かな」
「わかった、じゃ、コーヒーでも飲んで30分後に1階の店の前で待っている」
「そうしましょう」

光江は今だに和夫には今回のお願いの内容を言うことができなかったが、和夫が寝ている間に和夫の体の寸法を測っておいた。
昨日、抱かれる前に和夫にあかちゃんになってもらうことを思いついたのだ。
和夫の何かあったような暗い気持ちに女の武器を使ったわけだが、直感として和夫は光江のあかちゃんになってくれそうな気がしたのだ。一緒に布地の買い物に付きそってくれたら、なんの目的と言っていろいろな布地を買うのか悩みそうだったが、別行動になったので、光江のイマジネーションの世界で買い物をすることにした。もともとあかちゃんには意思が無いのだ。おむつやおむつカバーの柄やロンパースなどもあかちゃんには選びようがないのだから。ママとしての私が全部選べばいいと思った。

最初におむつになるような水分の吸収力がよいような布地を選び、おむつの柄は赤い金魚、ピンクの花模様に決めた。次はおむつカバー用の布地だが、これもかわいいピンクの柄で今度は水分をはじく素材を選んだ。
「私のあかちゃんは女の子だから、ピンクをメインの色にしたものにしましょう」
それから後はピンクや赤などの色柄を主にロンパース用、よだれかけ用、レースの帽子用など、一通りの布地、ぼたんなどを購入した。
時間はあれから35分が過ぎていた。エレベータを降りながら独り言を言っていた。
「かずおちゃんにこの布でベビー服を作るまでには洋裁学校出の私としても時間がかかる。
それまでは紙おむつ、それからロンパースができるまではミニスカートとトレーナとタイツと、それもみんな赤かピンクのものが必要ね。それから哺乳ビンと粉ミルクとおしゃぶりとそれぐらいかな。。。」
そのとき、エレベータが止まった。目の前に和夫が立っていた。
「ごめん、遅くなってしまって」
「たくさん、買ったね、なにを作ってくれるの」
「後のお楽しみね、後デパートとドラッグストアのマツモトキヨシに行きたいのよ」
「はいはい」
デパートでは女性用の洋服売り場を歩いた。しかし、その洋服の色や模様は少女趣味としか言えないような服ばかりを見ている。光江はいろいろあーでもない、こーでもない和夫の体を見ては考えているのだが、和夫は光江が着るには少女すぎるし、誰かどこかの親戚の子供にでもプレゼントでもするのだろうと考えていた。まさか、和夫が着るためのベビー服の間に合わせなどとは思いつくはずもなかった。
「これにしましょう、赤いスカートとピンクのセーラムーンのトレーナ、いいでしょう?」
興味のないものの上、多少歩き疲れたのか和夫はよくわからないまま返事をした。
「はいはい」
それから白いタイツも購入し、最後に靴売り場で赤い靴を買った。光江は試しに履いてサイズを確認している訳ではないので、和夫はやはり子供へのプレゼント用だと思った。
「お待たせ、後マツモトキヨシの買い物で終わりよ、荷物持ちさんお願いね。明日は日曜日だし、もう1日泊まっていって」
「はいはい」
マツモトキヨシでは、もう和夫は店の中に入る元気もなかった。たくさんの荷物を持って店の前で待っていた。光江はこれ幸いといさんで店の中に消えていった。
光江は女性用の病人用の紙おむつ、哺乳ビン、粉ミルク、おしゃぶり、おしり用のシッカロールなど買い、店から出てきた。
和夫はその大きな袋の中をちらっと見て、子供用のプレゼント用服の後は今度は紙おむつ、これは光江の母用なのだろうか。あまり立ち入ったことを聞く雰囲気ではないので、黙って荷物持ちをした。
「さあ、帰りましょう、いろいろなものを買って荷物持ちごめんなさいね」
和夫はよくわからない買い物の内容につい言ってみた。
「最初の布地では俺のものをなにか作ってくれるって言っていたけど、なにを作ってくれるの?」
光江は今までは笑顔で会話をしていたが、急に下を向いてその後小さな声で言った。
「秘密よ」
「秘密か、お願いって何なの」
「家に帰ってからね」
「それからあの子供用服は誰かへのプレゼント?」
「私にはそんなプレゼントをあげるような子供はいないわ」
和夫は少し不味かった聞き方に反省し、そのことを聞くのはやめた。
「あの紙おむつは君のおかあさん用?どこか具合でも悪いのかい」
「母は5年前に他界したの」
和夫はこの2つの質問の仕方にばつの悪さを覚えた。いつもだっらもう少し相手の立場を考えた質問の仕方をするのだが、今日は失敗だった。でもよくわからない買い物につきあわされ、あちこちと歩きまわされ、いささか疲れていたせいでもある。
「よくわからない買い物に付き合ってもらってありがとう、疲れたでしょうし、おなかも空いてきたわね」
そんな会話をしながら家についたのは午後6時であった。
今から夕飯の支度をすると遅くなってしまうし、今日も和夫は泊まっていくので光江は和夫の荷物持ちの労をねぎらうことにした。
「荷物持ちご苦労様、今日も泊まれるでしょう、これから労をねぎらってお寿司をご馳走するわ」
「そうしよう、生ビールと刺身と、それから日本酒をちょっとで、にぎりを最後にと」
「はいはい」今度は光江が和夫の口癖を言った。
(続く)
 

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