同居へ
(リストラだ、私は赤ちゃんになりたい)

初めて赤ちゃんのように紙おむつを当て、ミニスカートをはいた昨日の出来事を忘れたかのように、和夫は次の日曜日の朝、裸のままで光江の家で目をさました。時計を見ると昼に近い。薄日がさす部屋の枕元をみると、洗濯された和夫の下着と洋服が置いてあった。横の布団を見ると光江はいない。尿意をもよおしていたので、裸ではと思い下着と洋服を着てからトイレに行った。
「おはよう、かずおちゃん」
トイレから出てくると光江が声をかけてきた。
「今、お昼ご飯の支度をするわね」
和夫は返事をし、顔を洗って新聞を読んでいた。
「さ、お昼ご飯食べましょう。お昼を食べたら、かずおちゃんのアパートへ行きたいな」
「いいけど、どしたの」
和夫は別に見てもらって悪いものは何もないが、女性を自分のアパートへ入れるのは初めてなので少し緊張をした。
「これから引越しの準備をしなくちゃならないでしょう。かずおちゃんの荷物がどれ位あって、どんなものがあるのか見せてもらおうかと思って」
二人は和夫の部屋の様子、荷物、引越し屋さんの手配、引越しの日取りなどいろいろ話しあった。昼ご飯が食べ終わるころ、光江は言った。
「そうそう、かずおちゃんの部屋はあの部屋でいいでしょ。ほとんどなにも置いていない部屋があったでしょ。自由に使ってね」
光江は和夫を赤ちゃんとして扱うためにその部屋を用意しようと考えていた。ただ、今赤ちゃん部屋としてのことをあまり言うと、和夫の気が変わるかもしれない。そう考えて赤ちゃんのことは話すのを避けた。本当はこれから作るおむつやおむつカバーのデザイン、ロンパースのデザインなど話したく仕方がないのだが、今ここで、その話しをすれば和夫がここへ引っ越して同居することも無くなってしまうことが考えられ、そのことについては避けた。そのためにも、和夫の下着と洋服を和夫の枕元へ置いておいたのだ。本当は昨日、男と女になった後、紙おむつをしてあげて、今日の朝、汚したであろうおむつを交換してあげたかったのだ。光江は和夫がここへ引越して来て、同居に慣らしていくと同時に和夫の赤ちゃん教育を少しずつしていこうと考えていた。
「前に頼んだ引越し屋がいるから、明日の月曜日にでも電話をしてみるよ」
「善は急げよ、フリー電話だから見積もり依頼ぐらいなら今日でもできるわよ、そして梱包しても今週の金曜日には引越しができるわよ」
「随分急だな、俺はじつは明日の月曜日に就職の面接が入っているんだ。」
「そう、わかったわ、でも、就職が決まっても、万が一だめだとしても一緒に暮らしましょう。アパート代、電気、ガス、水道などなど結構かかるものよ」
「それはわかっている。そうだな、今度の面接でもう最後にするよ。もし、だめだったら調理師を目指すよ。それからほんとうにただで部屋を借りてもいいの」
「もちろんよ。かずおちゃんが面接の間、私が明日、一人でアパートに行って引越し屋さんの見積もりの相手をするわ。そして公共料金の停止とか全部必要な手続きをしてあげるわ」
「あー助かった。あういうの苦手なんだよな」
二人で、和夫のアパートへ向かい、電話をしたところ、早速月曜日には見積もりに来てくれることになった。光江は楽しそうに和夫の部屋の様子を眺めた。
「大した荷物などなにもないさ、いらないものは捨てて身軽に君の家へ行くさ」
「そうね、だいだい分かったわ。私の家になにをどうおくか考えておくわ」
そうこうしている間に夕方になり、光江は和夫に言った。
「駅まで送ってくださる」
「もう夕方だから、今日は俺が夕飯をおごろう。」
「本当、ありがと、じゃ、夕飯を食べたら駅のあたりでお別れしましょ、それからあしたの引越し屋さんとの話しを準備しておくわね」
次の日、和夫は11:00の面接に間に合うように出かけた。引越し屋は昼からと言っていたから、その前後に光江がくるのだろうと思ってアパートを後にした。
引越しの準備はとんとん拍子に進み、土日よりは安くできるウィークディの金曜日に引越しが決まった。一方、和夫は面接終了後は1人で、昼ご飯を食べた。面接の感触はあまりよくなく、光江と連絡を取りたいとも思わなかった。少しぶらぶらしながら、夕方前にはアパートへ帰った。
「お帰りなさい、面接どうだった」
「あかん」
「そう、残念ね、でも結果がでたわけではないんでしょう」
「それはそうだけど」
「引越しのほうは順調でね、今週の金曜日に決まったわ。明日ダンボールが届きますから、私も手伝いにくるわ」
光江は引越しの段取りから、時間などこまごまと説明した。
「わかったわかった、でも大した荷物はないから準備は自分でやる、一人にしてくれ」
和夫は面接のショックからか、むーとして答えた。
「わかったわ、ごめんなさい」
今度は光江が黙ってしまった。
「引越しの準備は大丈夫だよ、梱包は木曜日までに、金曜日の朝から引越し開始、それでいいんだね、大丈夫だよ、引越しの準備が整うであろう木曜日に電話するよ」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「それじゃ、あまり悩まないでね、木曜日の電話を待ってるわ、それじゃ今日はさよなら」
光江は寂しかったが、これで、和夫のおむつ、おむつカバー、ロンパースなどを作る時間ができたと思った。デザインなど話しあいたかったが、今の和夫には無理だろうと思い光江は帰っていった。
せっせと和夫のベビー用品を作りながら、光江は不安でもあったが、ひたすら、和夫の赤ちゃん姿を想像しながら、洋裁に励んだ。そして木曜日の夕方に電話がなった。
「和夫だけど、元気?引越しの準備は万端ですよ、完了。」
以外にも明るい和夫の声が電話から聞こえてきたので、光江はほっとした。
「それから、この前の面接はやっぱりだめだったよ、君の家で本格的に厄介になるからよろしくね」
「そう、残念だったわね、でも、新しい生活のスタートよ、じゃ、明日は午後2時位の到着ね、こちらのほうも準備をしておくわ」
こうして、金曜日の引越しの準備はすっかり終了し、また、当日の引越しの夕方にはすべたの荷物が搬入し、大きな物、といっても大したことはないのだが、近い将来和夫の赤ちゃん部屋になる部屋に収まるものは収まった。
「引越し、無事終了、お疲れ様、今日はここまでにして後は明日から少しずつやっていきましょう」
光江は一段落したところで声をかけた。
「汗びしょびしょだからお風呂に入ってから外に食べに行きましょう」
「そうしよう、今日は疲れましたよ」
2人は交代で風呂に入り、外食を済ませ、家に帰るなり光江は溜まっていたことを言い出した。
「さあ、かずおちゃん、赤ちゃんの用意をするわね」
「え、この前やったからあれでお終りだろ」
「いいえ、あなたのために布おむつ、おむつカバー、ロンパースまで作りますね、と言ったことをかずおちゃんも覚えているでしょう、私のお願い聞いて効いてくれると約束したでしょう」
和夫はむーとしたが、もう帰るアパートはなくなっている。あのときで最後かと思ったが、あのときと同じようなことならまーいいやと期待をするような気持ちがあった。というのは最後の面接もだめで、リストラの後まったくついていないからだ。光江をママと思い甘えて思いっきり甘えたい。甘えてリストラのこと、いくつかの面接が全てだめだったことなど全てを忘れたい。そんな気持ちが一杯だった。しかし、大の男がいきなり赤ちゃんのように振舞うのもおかしい。そこで、和夫は光江の言うなりになってみようと思った。
「かずおちゃん、ごめんなさいね、布おむつとかおむつカバー、それにロンパースはまだ、残念ながら完成していないの。いろいろ足らないものがあって。でもここまでできているのよ、見てみて、かわいいでしょ、かずおちゃんの体に合わせたイージーオーダよ」
和夫は光江が作ったものを見て胸がわくわくした。白地に赤の模様の布おむつ、そしてかわいいピンクの模様のおむつカバーなどが目の前にある。
「ここにつけるひもや、そうね、フリルや、そうこまごまとしたものがまだ足りないの、ごめんないさいね、だから今日はこの前のように紙おむつだけどがまんしてね」
和夫は失望した気持ちを表現すればいいのか、男としての威厳を見せればいいのか、かわいいおむつカバーを見てぼーとしてしまった。
立て続けに光江は言う。
「だから明日もう一回買い物に付き合ってね、そして荷物持ちをお願いします」
「荷物持ちならいいけどね」
「さ、じゃ赤ちゃんの支度の準備をするから、そうねウィスキーでも飲む?私はしばらくまだやりたいことがあるから」
和夫はまたミルクを飲まされるよりましだと思った。光江はこの前と同じように紙おむつ、ミニスカート、そしてセーラムーンのトレーナを出し、そしてウィスキーの水割りセットを準備してきた。光江は早速紙おむつを広げた。
「さ、この前と同じようにここにおすわりしてちょうだい、かずおちゃん。支度ができたら今日はウィスキーの水割りですよ」
和夫は前と同じ抵抗をしても勝ち目がないと思い、紙おむつのところに座った。
「今日はいい子ね、さ、そこに横になって」
光江は紙おむつを手ぎわよく、和夫に当てた。そしてトレーナを着させ、ミニスカートを履かせた。
「明日の買い物はこのままで行きましょうね」
「え、何を言っているの、冗談でしょう、紙おむつは見えてしまうし、第一男のこの俺がこんなミニスカートで外へ行けるわけがないだろう」
急な和夫の怒りの表現に光江はまだ、早いか、少しずつ少しずつと自分に思いこませた。
「わかったわ、でも紙おむつはね、覚えてる?この前買い物に行ったとき白のタイツを買ったでしょ、あれを履けばわからないわよ」
「そう、そうかもしれないけど、男の顔とこの体であのミニスカートを履いたらニューハーフとかゲイとか言う前の段階でおかしいよ」
和夫は男にしては小柄のほうだが、女性の光江よりから体付きがやはり、大きく男である。
光江は自分にまた少しずつ少しずつと思いこませた。
「じゃ、紙おむつはあてたままで、あなたのズボンをはいて行きましょう、それならいいでしょ、いま、おむつが見えないのならいいと言ってくれたでしょ、紙おむつはしなきゃだめよ」
ミニスカートは免れたが、紙おむつは免れそうもない。まあ、いつもの着慣れた洋服で買い物ならいいかと思った。
和夫は1人では面白くなかったが、準備をしてくれた水割りを3杯程度ゆっくり飲みながらテレビを見ていた。光江は未完成のオムツカバーやロンパースを見て明日の買い物で必要なものをメモしていた。そしてその他にもあうでもないこうでもないと1人悦に浸っていた。
和夫はあまり、酒には強くない。しばらくすると和夫は今日の引越しの疲れもあったのだろう、居眠りをはじめた。
光江は布団の準備をし、和夫に寝るように言った。
「かずおちゃん、もう寝ましょう、居眠りはだめよ」
そういうと光江はミニスカートとトレーナを脱がし、和夫を布団のほうへ誘導した。和夫は紙おむつだけあてたまま、誘導された布団にもぐりこんでそのまま寝てしまった。
光江は和夫が紙おむつだけで寝たことを確認すると独り言を言った。
「寝る時の寝具は赤ちゃん用のおくるみかしらね、パジャマ?いいえ、かわいいネグリジェがいいわ、ネグリジェならおむつ交換もめくればいいから楽だわ。ズボンではいちいち脱がさなければならないから。そう明日買いましょう、それから、もうすこし、長めのスカートが外出用に必要ね、そうすれば、かずおちゃんのミニスカートへの拒絶反応も少なくなるでしょう」
 

 
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