買い物−2
(リストラだ、私は赤ちゃんになりたい)

翌日の土曜日、和夫は午前8時半ごろに目をさました。昨日寝る前に飲んだウィスキーの水割りのせいか尿意を覚えた。うとうとしている間にトイレにいくことを決めて起きた。
「かずおちゃん、おはよう、トイレ?」
「ん、ちょっと行って来る」
「いいのよ、今かずおちゃんはおむつをしているのだからそこにおもらしをしていいのよ」
和夫は目をさまし、自分の紙おむつ姿を確認したが、かまわず起きてそのままトイレに向かった。光江はあせっちゃだめ、よごしたおむつを交換してあげたかったけど、そう少しずつ少しずつ赤ちゃんになってもらうのよ、と自分に言い聞かせた。
和夫がトイレを済ませている間に光江は和夫の下着だけを隠してしまった。今日の買い物で紙おむつをつけたまま行くこと、おむつが隠れればいいというのは和夫との昨日の約束である。あのミニスカートでの外出対策は次回ね、でも紙おむつをつけて外出することにOKしたのだから赤ちゃん教育は順調ねと自分に言い聞かせた。
トイレから帰ってきた和夫はフルチンを今までしていた紙おむつで隠していた。
「俺の下着はどこにあるの?」
「今日からはその紙おむつがあなたの一番先に付けるものでしょう、昨日約束したでしょう、紙おむつで今日の買い物へいくと、さ、紙おむつをまたしましょう、汚れてはいないわね」
和夫はボーと立ったままになったが、光江はすかさず紙おむつを和夫から取り上げるといつものように広げ、和夫を座らせ、また和夫にあててしまった。
「後の自分の洋服は自分で着てね、それから紙おむつが汚れたらママに言うのよ」
和夫はおむつを汚すつもりは全くなく、トイレに行こうと思っていた。
しかし、朝食後、しばらくして光江が朝食の後かたづけをはじめたとき、そーとトイレにいった。そこで、和夫は大きい方の用をたしたのだが、下着はないし、光江はいないし、ましてや光江を呼ぶ気などない。仕方が無いなので、自分で紙おむつをまた自分につけた。このとき、なにか自分が少し赤ちゃんに近づいたような気がしたが、かまわずトイレのドアをあけるとそこに光江が立っていた。
「かずおちゃん、うんちできた?紙おむつは自分でうまくあてられた?」
と言い、和夫のズボンを脱がすと紙おむつを確認した。
「まあまあ、自分で紙おむつをあてるのは偉いわよ、でも後で新しいのに交換してから買い物に行きましょうね、今お化粧しますからそしたら行きましょう」
光江は上機嫌で和夫の目の前を過ぎて行った。
買い物はこの前と同じようにいろいろ布地が販売してある店から始まった。
「今度はかずおちゃん、一緒に布を選んでね。今日は足らないものを買うのと、それからベビー服着替え用の追加布地よ。もう一度作ったから今度は布地を選ぶだけよ。なんたってかずおちゃんが身につけるものですからね、かずおちゃんがおむつ柄を選んでもいいし、そうでなかったらママが選ぶからかずおちゃんにあててみるから買い物のそばにいてね」
「こんなところで“おむつ”なんて言葉をいうのは止めようよ」
光江は和夫の耳元で小さくこう言った。
「どうして、あなたのおむつやオムツカバーなんて誰も言っていないでしょう。まわりから見れば、私たち夫婦の赤ちゃんのこととしか思われないわよ。ましてや今、かずおちゃんが紙おむつをしているなんて見た目ではぜんぜんわからないわよ」
和夫は今、公衆の面前で紙おむつをしていることが急に恥ずかしくなった。しかし、今日は和夫のいつも着ていた洋服であるし、外から見る限り光江の言う通りわかりはしない。わからないと思ったからこそ、紙おむつなどして買い物に来てしまったのだ。
光江は和夫を説き伏せたと思って、笑顔満面で、和夫の手を握り店の中をあちらこちらと見て、買い物をした。
「不足品と追加のおむつやおむつカバー、ロンパースなどの布地の買い物は終わったわ。次はやっぱり、外出用の女児服ね、あのスカートは確かに短すぎるわよね」
和夫はまた子供服売り場と女性服売り場を歩くのかと思うと憂鬱な気持ちになったが、かまわず光江は和夫の手を引いてデパートへ入っていく。
「かずおちゃん、外出用の服だけでなく、寝巻きも必要よね、おむつだけで寝るというのもね?」
「俺のパジャマが家にあるさ、昨日は裸で寝てしまったけどね」
「裸で寝るのが言いと言う人もいるけど、ごめんなさいね、赤ちゃん用のおくるみまで作る時間がないし、本当はレースが一杯ついているベビードレスがいいんだけど、なかなか時間がないのよ、それで今日のところはかずおちゃんの寝具としてネグリジェも買っていきましょうね」
和夫は光江の話しをききながら、さっきから催していた尿意を我慢していた。その尿意が理由で光江の話しは右から左へと聞き流れていった。和夫は普段なら、デパートの案内版を見て近くのトイレで用を足していただろう。でも今日はいつもと違う。下着の代わりに紙おむつが和夫の下半身にあるのだ。トイレにいくのはいいがどうやって用を足せばいいのか。さっきから高まる尿意を覚えながらそんなことを考えていて、光江の話す内容は上の空であった。
光江はこの前よりかは長めと思われるスカートや、レースのついたブラウスなどを買うにあたり、どきどき和夫にその洋服をあてがうことをしたが、和夫はそういうときはすぐその場を離れた。
「ごめんなさい、もうしないから」
光江は近づいて小声で言った。
「後はネグリジェと赤ちゃん用品売り場を見て終わりにしましょう」
終わりにするという言葉を聞いて、和夫はこれからもう少しなにかをみて家に帰るとしてもそれまではもう尿意が我慢できないと判断した。
「チョット、トイレに行って来る」
「大丈夫、1人でできる?」
光江は和夫のしている紙おむつを気にかけてくれたのだろうが、和夫はかまわず、トイレに行った。
幸い、女性服売り場のトイレなので、男性用トイレには人が誰もいなかった。男性用の小用便器で用を足そうと思ったが、誰か入ってきたら紙おむつがばれてしまう。
とっさに大きい方を足す便器のドアを開けそこに入り鍵をしめた。
「ふー、やっと小便ができる」
和夫はズボンのベルトを緩め、膝までおろし、紙おむつの右脇から息子を出して小用を足した。
ほっとしてズボンを履き、トイレから出てくると光江が荷物を持って立っていた。
「大丈夫?汚さなかった?新しい紙おむつに交換しましょうか?」
「大丈夫だよ、こんなところでそんな会話は止めてくれ」
和夫はトイレでの用の足し方を小声で説明した。光江は赤ちゃんとしてはまだまだ教育が足りないけれど、紙おむつをはずさないでトイレから出てきたことに満足していた。
その後、和夫用のネグリジェを買い、最後に赤ちゃん用品売り場に行った。
「かずおちゃん、ベビーベッドは部屋が狭くなるから止めましょうか?」
本当は特注のベビーベットを買いたいのが、経済的な面と現実的な部屋の大きさからいって光江は諦めた。和夫は返事をしない。
「あのガラガラいいわね、かずおちゃんの部屋の天井からぶら下げて赤ちゃん部屋にしましょうね、後このベビーダンスも必要ね、あのタンスは悪いけど汚いから捨てて、これを使うようにしましょう」
「いいけど、俺の服は捨てるなよ」
「見せてもらったけど、穴のあいたものや破けたもの、古い服は捨てますよ、代わりにベビー用品がだんだん増えてきたから、いいわね」
こんな会話から和夫は光江が世話焼きタイプの女性で、俺の妻になってくれればという思いもあったが、光江はあいかわらずママとしての言葉をかけてくる。
「このベビードレス、いいわね、かずおちゃんに似合うかしらね」
二人がベビードレスを見ているそこにデパートの店員がやってきた。
「いらっしゃいませ、女の子さんですか、こちらが今人気のある商品です」
「ええ、でもサイズが合わないと思うので、お宅のお店ではこのようなベビードレスのイージオーダみたいなことはできますか?」
和夫はこの会話からいやな予感がした。さっきスカートなどを和夫に合わせたようにこのベビードレスを和夫に合わせてオーダしてほしいなどと光江が言い出しそうだったからだ。
店員はうれしいそうな表情で言った。
「ベビードレスのオーダですね、いいご両親に恵まれてお幸せですね、少々お待ちください」
店員が去ったのいい機会に和夫は光江に釘をさした。
「この俺用に寸法を測ってくださいなんてとんでもないからね、さ、もう行くぞ」
「わかってるわよ、ベビードレスのイメージもわかったから今度、私が作るから」
店員が戻ってきた。
「それでは寸法を測らせていただけますか、赤ちゃんはどこにいらっしゃいますか」
「ごめんなさい、今日は連れてきていないのよ、次回連れてきます。でも、オーダはできるのね」
光江は納期や、値段、特注のかざりなどいろいろ聞いてから、立ち去った。二人の買い物はこれで終わり、たくさんの荷物を持って家に帰った
 

 
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