おねしょの思い出

芥川秀一

和也の幼少の頃のおむつ離れは標準並みだった。幼稚園に行く頃にはおむつは外れていたし、特に幼稚園でお漏らしをしたという事もなく、親に世話を焼かせずに下は大人になっていた。それが、狂い始めたのは小学校6年生の夏だった。栃木県の田舎では少し歩けばまだ自然がたくさん残っていた。いつもの仲間と公園で遊んでいるときに体格のいいボス的な少年から、華奢な和也へのいじめがあった。少年は砂場で遊ぶ和也の後に近づくと、和也の背中側のズボンとパンツを手前に引っ張るとそこへ砂を入れ始めたのだった。
「なに、すんだよ」
そんな言葉に耳を傾けずに左手で衣服を押さえ、右手でつかんだ砂を1杯、2杯とお尻目がけて入れていく。和也はお尻にひんやりとする感触で思わず立ち上がり、半べそになる。
「やーい、お漏らしした」
少年は和也をからかい始める。和也は半ズボンとパンツを公園の真ん中で脱ぐわけにもいかず、股の間から砂を出そうとするが、すぐにはきれいにならない。
「漏らしてやんの」
和也はその少年の言葉に居ても立ってもいられずに泣きながら家に帰ったのだった。家には母が居て、和也のその姿を見るとやさしくズボンとパンツを脱がし、きれいにしてくれたのだった。それがきっかけだった。その夜、和也はおねしょをしてしまったのだった。下半身を包む下着の中に異物を感じる感覚が排泄神経に影響を及ぼしたのだろうか。
その最初のおねしょに対して、母親は、まあ大変とは思いつつ、おむつ離れが早かった息子に対してやさしく接してくれた。しかし、1週間に一度くらいのペースでおねしょをされるといい加減、和也にも厳しくなっていった。
「また、おねしょ、和也、小学校の6年にもなっておねしょなんて、恥ずかしくないの」
正直、どこか体が悪いのではないだろうか、と夫に相談しても、またか、というだけで親身になってくれない。だが、おねしょされた布団をきれいにしたり干したりする作業に母親は嫌気がさしていた。相変わらずおねしょは続きそれも週末に必ずというペースになってきた。医者に行かないのならと、毎晩おねしょシーツを敷くようになったが、それでも週に1回は失敗をしていた。和也は心理的にも身体的にも問題はなかったが、お尻にあの砂を入れられたときから何かが狂い始めていたのだった。
それから3カ月が経過した。相変わらず週1回のペースでおねしょを繰り返す和也であった。ただ、おねしょをする曜日がほぼ決まっていた。それは日曜日の朝だった。
ある土曜日の夜、母親はおねしょシーツだけではなく、医者に行かないのならおむつを当てると和也を説得するが、和也は両方ともに拒否し続けた。でも拒否はそう長くは続かなかった。母親は医者に行って見てもらうか、おむつを毎晩当てるかどっちかにしなさいと和也に攻め寄った。
その時ばかりは、見るに見かねた父親も母親に賛成して、和也を説得する。それでも、和也は医者へは行きたくないと強情を張った。
「和也、医者に行きたくないのはわかった。でも母さんもおねしょの始末が大変なのもわかってやれ。医者に行けばとりあえずの対処方としておむつを当てて寝なさいというのは目に見えてわかっているから、おむつをして寝なさい。いいな」
「おむつは要らないよ」
「じゃ、おねしょをしたふとんの後始末はお前がやれよ。毎日毎日おねしょされたら母さんが大変なのもわかるだろ」
「毎日はおねしょしていないだろ」
「じゃ、曜日を限定してもいいから。母さんの気持ちもわかってやれ」
「和也、あなたは日曜日の朝が一番おねしょをするのよ。だから土曜日の夜だけでもいいから。母さんがおむつを当ててあげるから。和也は何もしなくていいの。ね、お願いよ」
「和也、じゃ、土曜日の夜にだけおむつを当てるということにしてみないか?」
和也は父親と母親からやさしく親身に説得されると1週間に一度なら仕方ないかとおむつを当てることに同意したのだった。
実はこのことを和也に話す前に、心配した母親は医者を訪れ、相談したのだった。医者は患者を診断できないならとこの対処法を教えてくれた。それも漏らした感覚が早く伝わるように吸収性のいい紙おむつではなく、おむつ外しが早くなるという定説の布おむつを進めてくれたのだった。そして医者の進めで和也の体に合う大人用の布おむつとおむつカバーを購入していたのだった。
「もう、10時だわ。和也、もう寝ましょう」
「うん、寝る」
「じゃ、今日は土曜日だから今日からおむつを当てるのよ」
「え、今日から?そんな」
「だって約束したでしょう」
「それはそうだけど」
和也は土曜日の夜だけおむつをあてるのに同意したが、和也の体に合うおむつなどありゃしないと考えていた。おむつは赤ちゃんがするものという考えしかなかった。だから同意はしたが、そんなおむつはない、だからおむつはしなくて大丈夫だと思っていたのだった。
「今、用意してくるから」
その言葉に和也の頭は真っ白になっていく。あの、お尻に砂を入れられた事件が頭に浮かぶ。お尻へのひんやりとした冷たさが思い出される。だが、おむつはそんなに冷たくはないはず。和也はおむつへの抵抗はもちろんあるのだが、そんな気持ちから言うに言えない期待があるのだった。
「さ、用意ができたから。布団に寝なさい」
「やっぱり、やだ、恥ずかしいよ」
「和也、いい加減にしろ」
父親の威厳のある言葉が飛んでくる。そると母親は反射的に医者の言葉を思い出す。
「おむつを当てるときは恥ずかしくて嫌がりまずので、やさしくやさしくしなければいけません。子供が怪我をして病院で寝たきりになってしまったときも、看護婦さんがやさしく、大丈夫ですよ、すぐ終りますから、明日は布団を替えなくてもすみますよ、などとやさしく説得すれば必ずおむつを当てさせてくれますよ」
母親はその言葉をそのまま利用して和也を説得する。父親はバツが悪くなりそのまま黙って和也の部屋から出て行ってしまう。
「和也、ほら、ほんの数分よ。目を閉じてじっとしているだけでいいのよ」
和也は目の前に出されたおむつをまじまじと見る。こんな大きなおむつがあるのか。赤ちゃん用のおむつと明らかに違うおむつだった。だが、どうにも洒落っけやかわいさというものがない。真っ白な布おむつはともかく、無地で地味な色のおむつカバーは和也がいつも穿いている白いブリーフとはまた違うものに見えた。
「さ、早くして安心して寝ましょうね」
和也はその安心して寝れるという言葉に従って布団に寝転ぶ。目を閉じてじっとしていると、母親はパジャマとパンツを脱がし始める。思わず急所を隠そうとするが、私は看護婦ですよ、あなたは動けない患者さん、何もしなくていいのですよ、と母親はやさしく言いながら手を退ける。和也は催眠術にかかったように黙って我慢するのだった。
「はい、足を上げますよ」
母親は昔を思い出すように和也におむつを当てていく。お尻の下に入れた布おむつを股からまわし、急所を隠してやると、おむつカバーを当てていく。そしてパジャマのズボンをはかせてあげる。
「ほら、もうできた。お休みなさい」
和也はおしりに感じる温かいやさしい布の感じ、股に挟まるやさしい感じ、急所を包む温かさを感じながらすぐに寝入ってしまった。
翌朝、残念ながらおむつを当てられてもおねしょは治らなかった。いつもの学校へ行く時間まではお漏らしはないのだが、学校へ行く時間を過ぎても母親に起こされず寝ているとどうもお漏らししてしまうようだ。朝の10時に和也は母親の言葉で起き上がる。
「和也、今おむつを取り替えるから。おむつしててよかったわね」
和也はおむつを外されてきれいにしてもらったところで起き上がる。おねしょはしてしまったかもしれないが、おむつの交換はもう要らないはずだ。
「そうね。じゃ、また来週の土曜日におむつを当てましょうね」

この週に1回のおむつはしばらく続いたのだった。それもほぼ100%でおむつにおねしょを繰り返す日々だった。小学校を卒業し、中学に入ってもおむつとおねしょは続いた。中学に入れば気分も一新して治るだろうと思っていたが、その期待は見事に裏切られた。
そして中学3年の修学旅行。スケジュールは3泊4日で日曜日が帰宅日だった。母親は中学の先生にも相談しようとしたが、恥ずかしくとてもできない。和也は別に心配もせず、修学旅行というものを淡々と待っていた。母親は祈るつもりで何も言わないでいた。もうそろそろおむつとおねしょは卒業してほしい、母親は修学旅行の荷物にはおむつは入れないで息子を送り出した。
そのときがおねしょとおむつの卒業式だった。帰宅した和也は何事も話さないし、学校からも特に連絡はなかった。母親はその週の土曜日からおむつ当てを止めたのだった。

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「和也、行くわよ」
信号待ちで待っていた時に、和也は小学校から中学までの苦いおねしょとおむつの思い出に浸っていた。今、その時とは変わって紙おむつだが、おむつの感覚に目覚めていた和也だった。
 

大人の赤ちゃん返り
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