訪問

土曜日、昼下がりの3時を数分過ぎたころ、三村の部屋の呼び鈴が鳴る。芳江と恵子は玄関に出向くと鍵を開ける。
「あら、いらっしゃい、ミナちゃん、さ、上がって」
「いえ、今日はお詫びに来ただけでので」
「ちょっとお茶しましょうよ、ね、入って、さ、入って」
芳江は可愛い幼稚園児と一緒なのがうれしいのか強引に誘う。お詫びのタイミングを失った杉山とミナは、少しだけ、と言って上がり、居間に通される。
「本当に何度かスカート捲りをしてしまって申し訳ありませんでした、あの、あの子はどちらに?」
「和也、ミナちゃんがいらしたわよ」
芳江の呼び声にすぐ反応した和也は慎重な顔付きで居間に姿を現す。すかさず杉山とミナは立ち上がり、和也に向かって頭をさげる。和也に代わって芳江と恵子は、気にしないでください、と言う。
「和也、じゃなくてこの子は小百合と言うのですけど、小さなお子さんがしたオイタだからと気にしてませんから」
和也と呼んだら男の名前なので怪しまれると思い、つい思い出のある名前が出てきてしまった。恵子はそれを察して和也のことは小百合と呼ぶように自分に言い聞かせる。和也が生まれる前、2人目だからと病院で超音波を当て、ほぼ女の子でしょう、と診断を受けていた。ところが生まれてきたのは立派な男の子だった。それが和也なのだが、両親は生まれる前から2人目の女の子の名前を決めていた。というか2人目の女の子だから、芸能人の吉永小百合のファンであるサユリストとしては是非小百合と命名したいと和也の父親が言い張ったのだ。そんな経緯から小百合という名前は一生涯忘れられない名前なのだ。和也もそんな昔話しを聞いたことがあったので、和也もそう自覚する。
「あの、これ紙おむつです。お詫びの印として。紙おむつは必要でしょうから。ミナが紹介したセーラムーンのおむつです。紙おむつはたくさんあったほうが便利と思いまして。それからこれショートケーキです。みなさんで召し上がってください」
「あら、うれしい、ありがとうございます。小百合、セーラムーンの紙おむつをいただいたわよ」
和也は会釈をするだけで声が出てこない。声を出すと男ということがバレテしまいそうだ。恵子は和也に代わってお礼を言うと、ソファに腰掛けるように薦める。
芳江はいただいたショートケーキを奥に持っていき、人数分あることを確認すると、紅茶の用意をする。ミナちゃんにはオレンジジュースを用意し、残りは紅茶に統一して準備した。
「紅茶でいいかしら」
「ええ、お構いなく、でもすぐ失礼しますので」
「そんな、早速ですけどいただいたショートケーキを皆で食べましょうよ」
「おいしい」
早速ミナは出されたケーキを頬張り、ジュースを飲む。杉山もケーキを食べ始める。杉山は小さな声で恵子に話しかけようとする。
「あの、先日ミナがオイタをしたときに、おむつのお姉ちゃん、いえ失礼しました。小百合さんのおむつはきれいなおむつだったと言い張りまして。私も欲しいと言うんです。困ってしまいまして」
「小百合は泌尿器科のなんとかという病気でおむつが手放せない状態です。ですから何でも説明しますよ」
芳江は和也のことをかばって和也がおむつを当てているのは適当な病気が理由と説明し始めた。そして、あの時のおむつだったら洗濯してきれいに畳んであることに気付く。芳江は最初に装飾した赤いリボンとアップリケのおむつカバーとおむつを持ってくる。ついでに追加で装飾した赤いイチゴのオムツカバーも持ってくる。赤いリボンの花のおむつカバーは今、和也が当てているからだ。
「ミナちゃん、このおむつかな。見たかったのは?」
「そうそう、きれいこれ。でもこれは紙おむつじゃないの?」
「そうよ、布でできたおむつとその布おむつを包むためのおむつカバーなのよ」
ミナは大切なものでも見るように見ながらそっと手で触ってみる。柔らかな感触とレースの触感にうっとりとする。芳江はもう一つのたくさんのイチゴのアップリケ付いたおむつカバーもミナに見せる。
「わー、こっちもかわいい」
「かわいいでしょう、きれいでしょう。おむつを当てているところを見てもらっても良いおむつとして見せむつと言います。ほら、若い女の子が見せても良いパンツとかで見せパンというのが少し流行したでしょ。それと同じで見せても良いおむつで見せむつです」
「お母様が作ったのですが?」
「ええ、でもベースのおむつカバーは医療用のオムツカバーですよ。医療用のオムツカバーは白い無地なだけの殺風景なカバーだからこういう装飾だけ私が付けました」
「なるほどね、本当に女性用の下着みたいですものね」
「ママ、ということは、今、おむつのお姉ちゃんはどんなおむつをしてるのかな?」
「そうね、小百合用のおむつカバーは今3個あって全部いろいろきれいに装飾してあります。残りの1個は今小百合が当てていますよ」
「おむつのお姉ちゃん、今のおむつ見せてくれる?」
和也はまたミナにスカートを捲られておむつを見られそうだと思うと、身を構えてしまう。芳江はどうしたものかと思うが、自分が装飾したおむつを杉山さんとミナの見てもらいたいという気持ちが強い。見せても良いおむつと説明しながら見せむつを見せないのは矛盾していると気付く。芳江と恵子はお互いに目が合うと二人とも頷く。そして二人は立ち上がり和也の近くに近づく。
「和也、立ってごらんなさい」
「なに?」
和也は小さな声で言いながら立ち上がる。和也は今日のミナによるスカート捲りはないだろうと考えていたのだった。ところが、和也が立ち上がるや否や、芳江は和也のスカートを前から捲る。恵子は後から和也のスカートを捲る。そして二人とも捲ったスカートをそのまま離さない。
「ちょっと、母さん」
芳江も恵子も和也の言うことには耳を聞かずに、3個目の見せむつの説明を始める。3個目のおむつカバーは全体を白いレースで覆い、その上に水玉模様のように小さなイチゴのアップリケがたくさん付いている。太ももの付け根の布おむつがはみ出るところには、緑のレースが木を象徴するかのように着飾っている。
「わ、かわいい、これが一番きれい」
「小百合、ちょっと一回転して後も見せて上げなさい」
和也はもういい加減にしてくれとばかりにスカートを下ろすと自分の部屋へと戻ってしまう。ミナはママに向かって「あういうのが欲しいの」とせがむ。
「ミナちゃんはお利口さんだからもうおむつは卒業したのよね」
「そう、でもきれいなおむつはいいなって」
「実は、2人目が生まれてから私が赤チャンばっかり世話しているようで寂しがっているみたいなんです。それが、大きなお姉ちゃんがおむつをしてるというのを見てしまって、それからはおむつの事が気になってスカート捲りをしたらしいんです」
「じゃ、赤ちゃん返りですね。それは愛情を持って接していれば時間が解決してくれますよ」
「そういうものでしょうか」
「あの見せむつがいいのなら、ミナちゃんのパンツに同じように装飾してあげたらどうでしょう。きれいなパンツにお漏らしをするようには見えませんよ。ミナちゃんはお利口さんですものね」
「うん、おむつは卒業したの」
「ひどい赤ちゃん返りではおむつを当ててお漏らしをして、ミルクを飲んだり、おしゃぶりを吸ったり、まるで本当の赤ちゃんのようになってしまうのが赤ちゃん返りらしいですけど、ミナちゃんはお利口さんだから、パンツにきれいなリボンをいっぱい付けてもらえばいいよね」
「うん、そうしよう、ママ」
「今日はいろいろありがとうございました。本当に助かりました。今日はもうそろそろ失礼します」
「まだいいじゃないですか」
「いえ、下の子がそろそろ目を覚ますと思いますので。では失礼します」
「じゃ、今度は赤ちゃんと一緒に遊びに来てください、ミナちゃんさよなら」
「さよなら」
「はい、では失礼します」
 

大人の赤ちゃん返り
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