ねえ、どうしておむつを当ててはいけないの

   ―――あなたはこの子の質問に答えられますか?

芥川 秀一

目覚め
思わぬ許し
初めての
飛び火
交換条件
強い意志
自業自得ではなくて
仲直り


目覚め

「あ、赤ちゃんが泣いているね、おむつが濡れたかな。さっきミルクを飲んだからおむつが濡れたんだね。おむつを替えてあげようね」
加代子は長男の良夫に声をかけると仕度をして奥の部屋へと向かった。
新山加代子は2人の子の母だ。今泣いている女の子の赤ちゃんの美奈は3カ月になる。もう1人の子供は男の子で名前は良夫。幼稚園の年中さんでいろいろな事に興味を示すワンパクないい子だ。夫の和也とは5年前に見合いで結婚して、ほどなくして良夫が生まれ幸せに暮らしていた平凡な家庭だった。結婚当初は和也の両親と同居していたが、祖母は2年前に他界し、祖父も今年に入った2月に急にぽっくりと他界した。祖父も祖母も入院するわけでもなく、大きな病気もしなかったが、あっさりとこの世を去った。ただ、祖父だけは風呂上りに褌一枚で家の中をうろうろするのが、加代子の悩みだったがその悩みも今では懐かしい。
「美奈ちゃん、あらまあ、おしっことうんち両方しちゃいましたね、きれいにしましょうね」
後を着いて来た良夫は不思議なものを見るように、美奈のおむつ替えを見つめている。加代子は紙おむつのマジックテープをずらし、きれいなタオルで美奈のお尻をきれいにしていた。加代子は2人目の赤ちゃんなので、慣れた手つきで美奈のおしりをきれいにして、シッカロールを当てて、新しいおむつを当てていく。このとき一部始終をじっと見つめていた良夫に何かがあったのだろうか?既におむつは外れ、幼稚園でおトイレに行く習慣も付き何も問題なかったはずの良夫に何かが起きた。それは何気なく見ていた他界した祖父のふんどし姿や、トイレに忘れてしまった加代子の新品のナプキンなどを見ていた良夫の心になにかを起こさせたようだ。そう、この美奈のおむつ替えがきっかけになって過去のそういう光景や美奈の身持ち良さそうなおむつ替えの姿に良夫は自分もおむつを当ててほしい、そしてやさしくしてほしいと思い始めたのだ。
そのときは何も言わずにまた、ガンダムの人形で遊び始めた良夫だった。加代子も変わっていないはずの良夫の遊ぶ姿を微笑ましくみていた。しばらくした夕方、いつものように加代子が夕飯の買い物に行く時間を見計らったように良夫が言い始めた。
「ママ、僕にもおむつを当てて」
「え、おむつ?」
「そう、よっちゃんにもミナちゃんと同じようにおむつを当てて」
良夫は自分のことをよっちゃんと呼ぶ。家でも幼稚園でもよっちゃんが気に入っているようだ。突然のことに加代子は驚いたが、幼稚園に入る前に良夫のおむつを外せたことに自信を持っていた加代子にはショックな言葉だった。ただ、一時的な事だろうと思い、また、美奈のおむつ替えをさっき見たばかりだからそういう一時的なものと思っていた。加代子は怒らず、良夫を説得しようと思う。
「ねえ、ママ、よっちゃんにもおむつを当てて」
「どうして、もう幼稚園の年中さんよ。オトイレに行ける人はおむつ要らないのよ」
「どうして、幼稚園のお友達でもおむつしている子いたよ」
「あらそう、恥ずかしいわね。よっちゃんはもうおトイレに行けるのだからおむつは要らないわよね」
加代子はやさしく良夫を説得するが、良夫は譲らない。良夫は祖父や祖母からいろいろな物をもらったり、甘やかされたりして育ったためか少しわがままに育っている。今からでもそういうことを厳しくしていかなければと加代子は思う。
「オトイレに行けると、どうしておむつを当ててはいけないの」
「おしっこやうんちはおトイレでするものよ」
「だってミナはおむつでしょ」
「ミナは赤ちゃんだから」
「僕は赤ちゃんじゃないの、ママの子供でしょ」
「もちろんよ、でもよっちゃんは幼稚園の年中さんよ」
「年中さんはおむつを当ててはいけないの?」
「そうよ」
「どうして?」
加代子は良夫の「どうして」の連発の質問に答えているつもりだが、良夫の質問は止まらない。加代子はいい加減面倒くさくなって怒りたくなってくるが、まじめに質問してくる良夫に悪いと思う。しかし、たまには、そういう屁理屈にも近い良夫の質問には「バチッ」と言う必要もあると思う。
「年中さんはもうおむつをしてはいけないの、恥ずかしいでしょ、いい加減にしなさい」
「どうして、ママ、しっかり教えてよ。どうしておむつを当ててはいけないの」
「オトイレに行ける人はもう、おむつは要らないでしょ」
「どうして、おむつにおしっこをしてはいけないの」
「おもらしははずかしいでしょ」
「どうして恥ずかしいの」
「もう、お父さんに叱ってもらうわよ」
良夫は自分の疑問に答えてくれない母親にもどかしさを感じながらも、怒ったような母親に幻滅する。良夫はパパなら分かってくれると思い、母親にせがむのを一時止めた。
「ママは、買い物に行きますよ、一緒に行きましょう。夕飯は何にしようかな。ハンバーグがいいかな。カレーかな」
加代子は良夫の興味をおむつ以外に向けようと必死に誘ってみた。良夫は今夜の夕飯は何でもいいと思っていた。良夫は少し膨れた顔をしながらも仕度を終えた加代子の後を付いていった。
 

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